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高津臣吾流「おめでとう」

「言わないかも知れないな」

そんなことを思っていた。

◇◆◇

ヤクルトの優勝監督には「伝統」がある。その歴史は、2001年10月6日から始まった。
横浜スタジアムで4年ぶりのリーグ制覇を成し遂げたヤクルトスワローズ監督・若松勉は、優勝監督インタビューで、ファンに向けてこう語りかけた

「ファンのみなさま、本当にあの…、あの、おめでとうございます」

ベンチは大爆笑。テレビで見ていた私も笑った。
朴訥な若松さんらしい、“いいまつがい”。2000本安打を達成した大打者なのに、全然変わらない、口下手で、奥ゆかしいヤクルトの選手が、私は大好きだった。
その後、日本シリーズを制した若松勉の「ファンのみなさま、本当に日本一おめでとうございます!」というスピーチは、2001年流行語大賞語録賞にも選ばれ、後世に残る名フレーズとなった。

その発言が、決して言い間違いではないことが語られたのは、著書「背番号1の打撃論―小さな体でもホームランが打てる!」(ベースボールマガジン社/2010年7月1日)だった。

その中で、若松勉は「“ありがとう”より“おめでとう”の方が、感謝を表すのにふさわしいと思った」と、言い間違いであることを否定している。
ファミリー球団で育ってきたヤクルトファンに向けたこの言葉の真意に、私は泣いた。

1年間、優勝に向けて頑張ってきた選手に掛ける「おめでとう」という言葉を、我々ファンに掛けてくれた。
まるで、選手とともに闘う仲間として認めてもらったような気がして、うれしかったのだ。

この球団には、ファンを仲間に入れてくれる、心優しき闘将がいる。

それ以降、私は常に、選手と同じ方向を向く自分の姿を思い浮かべながら、試合を見てきた。
「おめでとう」「ありがとう」という向かい合う関係から、同じ景色を見るチームの一員へ。若松さんの恩に応えたい。その一心で、選手を応燕してきた。

それから14年。2015年10月1日、東京ヤクルトスワローズは優勝した。
当時の監督は、真中満。2001年、若松勉のスピーチをハマスタのベンチで聞いていた選手は、監督となり、ヤクルトにペナントフラッグを取り返してきた。
そして、優勝監督スピーチで「ファンの皆さん、優勝おめでとうございます!」という名台詞を、神宮の夜空に響かせた。
この、ファンに向けた「おめでとう」は、ヤクルトの監督の伝統となった。

はずだった。

◇◆◇

高津臣吾が「ファンの皆さんおめでとうございます」と言う姿を、私は想像できなかった。
若松監督とも、真中監督とも、キャラクターが違うから?それもあるかも知れない。しかし、今の高津臣吾とファンの関係性において、この言葉が合っているかどうか。何となくしっくりこないという感覚があった。

ヤクルト後半戦の快進撃は、目を見張るものがあった。特に、鬼門と思われた9月17日から26日までの10連戦を、7勝0敗3分と無敗で乗り越えたことで一気に優勝へ加速した。

そこには、選手たちに「自信を持ってグラウンドで力を発揮してほしい」という高津臣吾の思いが詰まった、9月7日の「高津訓辞」があった。

「絶対大丈夫」。そう勇気づけられたヤクルトの選手たちは、監督の言うとおり、自分の足元をしっかりと見つめ、まわりの仲間を信じ、一枚岩で戦った。
勝ちたい気持ちを持ちながらなお、冷静に勝つための工夫をし続ける。
そんなヤクルトの戦い方は、見ていてとても頼もしかった。

YouTubeにアップされたその訓辞に、我々ファンも涙し、全力で応燕した。
誰も浮かれず、浮き足立たずに、ひたすら謙虚に「絶対大丈夫」と唱えながら、自然と握りこぶしには力が入った。
「絶対大丈夫」タオルは、発売と同時に売り切れた。ファンも皆、一糸乱れぬ応燕をしていることを高津臣吾は知ってくれているのではないか。

高津臣吾の言った一枚岩のチームスワローズを、応燕という形で体現したファンに、今さら「おめでとう」と労う必要があると思えなかった。
だから、「(おめでとうとは)言わないかも知れないな」と予感めいたものを感じたのだと思う。

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――選手に伝えた「絶対大丈夫」という言葉を、ファンのみなさんも信じていたと思います。待っていたファンに向けても、ひと言いただけますか?

えー、「絶対大丈夫」です。我々は絶対、どんなことがあっても崩れません。ありがとうございました。

言わなかった。伝統は、一旦途切れた。

あるスポーツ紙の記事で、このメッセージを「日本一に向けて、ファンに誓った」と書かれていた。このチームスワローズは何があっても崩れない。絶対大丈夫だから、安心して見守ってくださいという“報告”だというわけだ。

そうなのだろうか。「ファンに向けて一言」と促され発せられた、この「絶対大丈夫」の真意はどこにあるのか。ファンの受け止め方は、違う。

「絶対大丈夫」。我々は絶対、どんなことがあっても崩れない。

あの、9月7日の訓辞で、選手たちは勇気づけられた。
そして昨日、10月26日、今度はファンが勇気づけられた。

高津臣吾の言った「我々」に、ファンである自分も入っている。だとしたら、これが高津臣吾流の「おめでとう」だ。私はそう、勝手に受け止めている。

あの、2001年からずっとずっと、ともに闘う仲間として同じ方向を向いてきたイチヤクルトファンの自負として、この勘違いを認めてほしい。もちろん、勘違いでないことを望むけどね。

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おめでとう。おめでとうございます!監督!

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