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玉井大翔は本当に「ラストチャンス」なのか

イントロですぐ分かった。

懐かしいアコギの響き。久々に聴いたそのメロディは、ずいぶん長く感じた。
「合ってるのかな?」あまりに突然流れてきたものだから、少しの不安もあった。しかし、Aメロが始まり、「やはりそうだ」と、正解に胸をなでおろした。

「ラストチャンス」Something ELse (サムシングエルス)

「サムエル」は、『雷波少年』というバラエティ番組で有名になった、3人組のアコースティックバンドだ。
1998年秋、CDセールスが低迷していたサムエルは、その番組で「一室にこもって最後の1曲を作成し、オリコンチャート20位以内を目指す」というチャレンジ企画に挑戦する。もしそれが叶わなかった場合、バンドは解散するという条件だった。崖っぷちの売れないバンドにとって、起死回生の挑戦だった。

籠城の様子は、毎週日曜日の夜、番組で流される。外出は一切できない、ただ歌を作るだけの、3人の生活。気心が知れた仲間でも、日に日にストレスが溜まっていく。曲作りも行き詰まる。視聴者は、その様子をハラハラしながら見ていた。

彼らは、柏駅で歌っていたストリートミュージシャンだった。時折、テレビで「柏」というワードが出てくる。
柏近辺で生活し、柏駅の様子も知っていた私にとって、興味深く、誇らしくもあった。
サムエルは、地元の英雄になった。いつの間にか、柏駅はストリートミュージシャンであふれ、毎日コンコースで誰かが歌い、オーディエンスがいくつもの輪を作る、そんな環境になっていった。

3か月後、彼らが作り上げた“最後の”1曲が、「ラストチャンス」だった。

何度も何度も聴いた、「ラストチャンス」。まさか野球場で聴こうとは。

玉井大翔は、2016年ドラフト8位でファイターズに入団した。大卒社会人、24歳からスタートしたプロ野球選手のキャリア。1年目から一軍の舞台に上がり、着実にそのキャリアを積んでいるように見えた。
それでも、競争に晒され、上昇志向を持ち続け、走り続けなければならないプロの世界で、思うところがあったのだろうか。

玉井は、1週間前の4月11日日曜日、京セラドーム大阪の対オリックス戦、1対4のリードで迎えた9回裏、クローザーとして登板した。
しかし、デッドボール、タイムリー、暴投と、乱調から一気に3点奪われ、土壇場で同点に追いつかれてしまう。なおも2アウト3塁の場面で、井口和朋に交代し、井口がオリックス・安達了一をショートゴロに抑え、なんとか同点で終えることができた。

前日、ようやく2勝目を上げたファイターズ。休養日の月曜日を前に、チームに活気をもたらすため、ここで連勝しておきたかった。実際、3点リードで終盤まできて、勝利は目の前にあった。

今日の玉井は、セットアッパーとして8回表、マウンドに上がった。1対3の2点ビハインド。攻撃は、あと2回。ここで抑えて、打線の援護を待ちたい状況で、1失点という結果だった。

登場曲を「ラストチャンス」にしたのは、昨季からのようだ。昨年、東京ドーム開催は、開幕延期のシーズン日程再編成により中止となり、札幌ドーム遠征は叶わなかった。
私は、ビジター最終戦の京セラドーム大阪でしか、ファイターズの試合を見ていない。だから、玉井の新たな登場曲を聴いたのは、今日が初めてだった。

マウンドを降りる玉井を追いながら、つい何分か前「ラストチャンス」を背負って投げる、玉井の姿が目に浮かぶ。

玉井大翔は本当に「ラストチャンス」なのか。

「ラストチャンスだ」と自身を追い込み、奮い立たせるという気持ちがあってのことだろう。厳しい勝負の世界に身を置くプロの選手は、そうして精神状態を保つものなのかも知れない。

ただ、玉ちゃん。少し、まわりを見渡してほしい。

サムエルは、オリコン初登場2位という結果を残し、新たなスタートを切ることができた。応援したくなる彼らに、たくさんの味方がついた。

チームも私も、終盤でマウンドに上がる玉ちゃんのことを、必要だと思って送り出している。応援したくて、ベンチに、野球場にいる。

仲間がいる。ひとりで戦わないでほしい。

表情筋が固まったままだったから、なんだか気になってね。

玉ちゃん。

R3.4.18 sun.
F 1-4 E
東京ドーム

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