東京ヤクルト・山崎晃大朗のひざは今日も自由に「反応」しているか
「首をしめるんだ」。
もう四半世紀前の話になる。
当時、地域のサッカーチームがJリーグに昇格し、まちぐるみでサッカーブームが沸き起こっていた。
私は、その流れに便乗して開催された、地元の「女性サッカー教室」に参加した。
午前半日、5回1コース。講師は、Jリーガーはもとより日本代表選手を輩出している、筑波大学蹴球部の監督だった。
サッカー経験は、体育の授業くらいなもの。野球ファンの私は、サッカー観戦すらしたことがない。
ミーハー心プラス、ダイエットにつながる趣味の模索。そんな参加動機だった。
女性サッカー教室は、座学から始まった。
集合は、グラウンド横の倉庫。ボールの蹴り方、パスの仕方を教わるものだと思っていた私は、困惑した。
机上訓練など、サッカーのルールも分からない私にはまるで理解できないのではないか。
しかしそこで先生が語ったのは、技術や戦術の話ではなく、「反応」の話だった。
倉庫の壁に映し出された、大学時代のJリーガー。野球ファンの私でも知っているその有名選手の動きを解説する。
「ここですぐ反応する」。
相手チームの選手が前から向かってきた場合、ボールを出すか、ドリブルで進むか。
空いている方向、パスする相手を見て「反応」する。
「タモリはなぜ、ずっと売れているか。ゲストのトークにすぐ反応できる。だから今も売れている」。
こんな風に、「反応」することの大切さを学んだ。
もし、ボールの蹴り方から教わっていたら、周りを見て反応することとは程遠く、ただボールを追い、ずっと下を見ていただろう。
もちろん、座学だけでは終わらない。
いざグラウンドで「反応」の実践となった時、先生からあの、衝撃的な言葉が出てきた。
「首をしめるんだ」。
首とは、足首のこと。
先生は、私たち受講生に「ジャージの裾を靴下の中に入れなさい」と言った。
ジャージを足首で固定させ、引き締める。
「そうすると、ひざに余裕ができる。ひざを自由に動かせるようにしておくと、反応できる」。
「ニッカポッカみたいに。あれも、危険な現場ですぐ反応できるように、足首の部分は締めて、ひざが自由に動くようにできている」。
ニッカポッカとは、建築・土木現場で着用されている作業着のことだ。
高所や足場の悪い場所での力仕事は、危険が伴う。身を守り、事故を防ぐために必要なのは、いざというときに反応するためにひざを自由にしておくこと。
一見関係のない話でも、先生の話はすべてサッカーとつながった。
そしてこの話は、野球にもつながる。
「首をしめる」野球選手。
たとえばそれが、山崎晃大朗だ。
山崎と、野球における「首をしめる」、通称「オールドスタイル」は切り離すことができない。
野球のユニフォームはロングパンツだが、その裾をひざ丈で折り込み、ストッキングを見せるはき方を、「オールドスタイル」と呼んでいる。
オールドというだけあって、子どものころ読んだ偉人伝のベーブ・ルースは、ストッキングがひざまで上がり、ひざの部分がふくらんだユニフォームだった。まさにニッカポッカだ。
布の伸縮性や素材のフィット感など、現代野球においてはオールドスタイルにこだわらずとも、ひざの自由は保たれているのだろう。
実際、プロ野球界において裾を上げない「ロングスタイル」が主流なのは、「首をしめる」ことをせずとも、いざというときに反応できている証拠だ。
しかし山崎は、入団当時から7年間、ずっとオールドスタイルを貫いている。
2021年。ヤクルトは優勝、日本一を勝ち取った。
中でも、塩見泰隆が不動のリードオフマンとして打線をつくり、MVPは逃したものの、優勝と日本一に大きく貢献した。
対して山崎は代走、守備固めでの出場に留まり、同い年で仲の良い塩見に大きく水をあけられる形となってしまった。
もちろん、山崎のそのバックアップがあっての優勝であり、試合の動向を見ながら準備をする山崎の献身を、ファンはしっかり見ている。
しかし、更なる高みを目指す山崎を後押ししたい、そんな気持ちもあった。
これまでも、自ら「春先は調子がいいんだけど……」と言っていた山崎。
ライバルの活躍を前に期するところがあったか。
今季は、夏になった今もスタメンに名を連ね、塩見との1・2番コンビを確立させている。
死闘となった交流戦初カード、北海道日本ハムファイターズ第2戦で人生初のサヨナラホームランを放ち、交流戦優勝へ向かってチームを勢いづけたのも山崎だ。
そして山崎は足が速い。
ストッキングで締めた足首が、グラウンドの土を蹴り上げ、自由に動くひざで、173cm 68kg の小柄な体を次の塁へ押し出していく。
俊足と、ひざ下でくっきり境目がつく濃紺の細いふくらはぎは、相性がいい。
山崎のオールドスタイル“以外”を、私はまったく想像できない。
ちょうどいい。広い野球場で、「首をしめた」山崎晃大朗のひざが自由に動き、「反応」しているか。
それを見届けるには、数少ないオールドスタイルでいてくれた方が見つけやすい。
覚えていただきましたか? やまさきこうたろう。
やま「さ」き、こう「大」「朗」、ですよ。
トラップの多いこの名前と一緒に、どうぞ注目してください。
山崎晃大朗のひざが、今日も自由に「反応」しているか。
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