『魔笛』ハイライト公演(2024年12月12日18時30分)ガルバホール鑑賞メモ
執筆者: K.T
【プログラム(パンフレット)】
表紙の絵が美しい。光と闇が基調、紫がかった藍色の背景、中ほどに光り輝く恒星、随所に宇宙空間の銀河系か地球上の台風を思わせる渦巻、星雲、音符が踊り、金色の魔笛(フルート)がこれらを支えているという幻想的なもの。
【プレトーク】
監修/プロデューサーの基目さんによる公演開催の背景、ガルバホールとのご縁、三河地方の芸術レベルの高さなどについての楽しいお話。大山大輔流『魔笛』への期待が膨らむ。
【大山大輔流『魔笛』の台本の面白さ】
パンフレットの概要説明にあるように「限られた時間の中で『魔笛』の魅力とエッセンスを伝えるため、登場人物や物語に対して再構成が施された」もので、三人の侍女、三人の童子、弁者、神官、武士、モノスタトスがいないが、違和感なく鑑賞。
鳥尾さん演ずる王子タミーノのセリフに、しばしば「本に書いてあった」とあった。この本は、シカネーダーによる台本であろう。このもともとの台本を意識しつつも、一味違うストーリーが展開される。タミーノの衣装がスーツで、等身大の現代の若者をイメージさせる。カウチポテトしながら、シカネーダーの台本を読んだ青年が物語の中に入り込んで、自らの運命を切り開いていくという設定。若い男性が鑑賞したら、鳥尾王子のタミーノに容易に自らを重ね合わせていくことだろう。若さは武器であり、若い男性はみな「王子」たりうる。(「王子はもてる」というセリフも笑える)
ラストは、パンフレットのあらすじに書かれているように「夜の女王は最後の反撃を試みるが、雷と稲妻によって失敗し、地の底へと追放され、光と平和がもたらされる」のであるが、これまた一味違う。大山さん自ら演ずるザラストロは、セリフの中で、光と闇の均衡の重要性に言及している。ザラストロの衣装が、白い祭服ではなく、黒っぽいコートと肩にかけられた白い布であることが、このことを象徴している。魔笛の公演で、ラストシーンにおいて、ザラストロが夜の女王に手を差し伸べるといった演出を目にすることがあるが、「大山大輔流『魔笛』」では、単純に光が闇に勝つ、というものではなく、闇がなければ光は際立たない、夜があるから朝が来て、日が昇れば、日は没するという調和のメッセージが明確に打ち出されている。このメッセージは、現代社会のシステムのありよう、考え方にも示唆を与えるものであると(勝手に)解釈し、(勝手に)納得。
【演奏】
ピアノとチェロによる演奏はどんなものだろうかと楽しみにしていたが、とてもよかった。チェロとピアノの二重奏というと、ベートーヴェンのチェロソナタくらいしか聴いたことがなかったので、とても興味深く拝聴。ガルバホールの広さからすると、ピアノだけでも十分楽しめたかもしれないが、聴衆に語りかけるようなチェロが入ることで、一段と深みを増したのではないかと感じた。演奏はもちろん、編曲もよかったと思う。
(以下、基本的に登場順)
【鳥尾匠海さん】
端正なルックスに、若々しく、はち切れんばかりの声量はすばらしい。まさに「タミーノ」そのもの。ただ、音程がわずかばかり低く感じられる部分があったことと、冒頭、”Zu Hilfe!”の「ヒルフェ」が「ヘルフェ」と聞こえたことが少し気になった。
「プロフィール」に「ひとことひとことの言葉が持つ意思を伝えることを大切に」とあるが、こうした基本姿勢、考え方に共感。まさに、「言霊(ことだま)」である。言葉が歌となれば、その力は飛躍的に増大する。今後、ますますのご活躍を期待したい。
【仁賀広大さん】
愛されるキャラクター「パパゲーノ」を好演。すばらしい。表情豊か、コミカルに楽しく演じ、歌う姿を拝見、拝聴して、失礼ながら「歌うコメディアン」ではないかと感じた。
かすれたパンフルートの音色はいささか残念ではあったが、虚無僧の尺八、侘び寂びの境地を髣髴とさせるものがあった。もともとの台本では王子タミーノが日本の狩衣を着て登場することとなっており、「魔笛」をバレエ作品に仕上げたモーリス・ベジャールが「タミーノは日本人」と言っていたのをテレビで見た記憶がある。タミーノではなく、底抜けに楽しく俗人の権化のようなパパゲーノの中に日本的霊性が内包されていると見て、そのギャップ、コントラストを楽しもうとするのは、解釈のし過ぎであろうか。
【禰冝田琳子さん】
たしか、市橋さんのピアノの譜めくりをしつつ、歌って演じていたようで、お疲れ様でした。
【根本真澄さん】
夜の女王は素晴らしい。鬼気迫るものがあり、迫力満点。最高でした。
【福島麻衣子さん】
鈴を転がすような美声と豊かな表情でパミーナを好演。
【大山大輔さん】
「アニオー姫」を見て感動したのがきっかけ。大山さんの台本演出はとても興味深く、「大山大輔流『魔笛』」を堪能(前述のとおり)。さらに、威厳たっぷりのザラストロを好演。パパゲーノを演じた台本作家シカネーダーとザラストロを演じた台本作家・演出家大山大輔さんを、時空を超えて対比させたくなる。
【蛭牟田実里さん】
老若パパゲーナを好演。仁賀さんパパゲーノとの掛け合い、二重唱はとても楽しかった。
【その他】
2幕の場面で、鳥尾さん(タミーノ)と福島さん(パミーナ)の歌唱の旋律について、普段CDなどで耳にする旋律と少し違う箇所が1カ所ずつあったような気がしたが、気のせい?
2幕の三重唱の部分で、鳥尾さん(タミーノ)の声量が福島さん(パミーナ)を圧倒していたため、全体としてややバランスを欠いた感じがした。
プログラムに記載されている福島麻衣子さんのプロフィール中、「自会業」とあるのは、「司会業」の誤植?
チケット代4,000円は、上演された魔笛の新規性、面白さ、演奏者の技量、ホールの雰囲気、諸物価高騰の事情を勘案して、安い、と感じた。