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◇Armagh 聖パトリック大聖堂*カトリックⅡ
聖水(Holly Water)がカトリック教会御堂入口には必ずある。*プロテスタントでは必ずどの教派にもあるわけではない。
この聖水は司祭によって祝別された水。これを使う人に神の祝福を呼び求める意味がある。御堂入り口に在る聖水盤の聖水に指を浸し額に十字を切る。これはまた洗礼の約束を新たにし、神に清めていただく行為。
御堂を出る時にも同じように聖水を指につけて十字を切るのは、御堂を出てからの歩みを守ってください、いつも神が共にいてくださいますように、との願いが込められている行為。
*マルトラーナ教会 At Palermo 次の写真と対
聖水盤の写真は脱線してしまったが、幼い頃から無意識にしている行為をいざ説明しようとすると案外と奥の深さに戸惑ってしまった。形式とはおそらくこうした行動を重ねた向こうに意味が内在化されることなのだろう。
話を戻す、こうした聖水盤がカトリック教会では必ず扉付近にある。
元は一つだったキリスト教もマルティン・ルターの宗教改革でカトリックへの「抗議(プロテスト)」からプロテスタントという枝分かれが始まった。カトリックは一つの教義だが、カトリックから分かれたプロテスタントは教義の解釈に違いが生まれ多くの派に別れた。
御堂に入り、そこにマリア像が設置されてあればほぼカトリック。
十字架もプロテスタントのようにシンボリックにクロスだけではなくイエズスの磔刑のお姿がカトリック教会御堂ではみられる。
慣れた御堂空間に入りこころが穏やかに静まっていく。短いお祈りをして、しばらく静寂の中に留まった。
国は違えど神を思い慕うこころは同じで御堂の中にも多くの祈りが様々な意匠となってある。単なる装飾ではない。
*タイトル写真:全景