飛蝗男(ばったおとこ)
うんざりだ。心からそう思った。
望んだ仕事? もちろんそうだった。小さな頃から憧れていた仕事にまさか本当に就けるなんて、夢のようだった。だから厳しい訓練だって耐えられたんだ。
けたたましく携帯が鳴る。
「眠たい声出してんじゃないの。急いで!」
オペレータの女の声はキンキンと頭に響き、俺は顔をしかめながらようやく返事をした。通話を切ると携帯のディスプレイに目的地へのルートが表示される。南西30km。動き出したとたん再び携帯が鳴る。
「遅い! 何してんの」
俺の行動はGPSで本部に筒抜けだ。
「ルートが悪いんだろ。渋滞で進めない」
「だから車なんて駄目だって言ったのよ」
いち早く目的地にたどり着くために、バイクを使うようマニュアルには明記されている。だが俺は無理を言って車を使っていた。それが気に食わないのかあの女は始終文句を言ってくる。あいつ今度会ったら一発蹴り入れてやる。すぐに送られてきた別のルートを確認し俺は舌打ちをしてハンドルを切った。バッグの中で仕事道具がカチャリと音を立てる。仕事を始めたばかりのときは嬉しくて肌身離さず持っていたその道具さえ、そして窓の外を流れる景色さえ今はただ、俺を滅入らせる。
終わりも無い、
目標も無い、
ただ、出てきたら叩き潰すだけのルーティンワーク。
散らばった瓦礫の中に奴の姿が見える。俺は車を降りわざと奴の前に飛び出した。街の中で行動を起こすことはマニュアルで禁止されている。まんまと誘い出し川土手を滑り降りた俺は不恰好に転がり落ちる奴の姿を確認し、バッグから仕事道具を取り出した。ベルトと呼ぶには大きすぎるその機械を腰にまわすと、憎らしいほど小気味いい音でカチャリと固定される。
大きな声で、はっきりと発声すること。これもマニュアルに明記されている。
俺は息を吸い込んだ。
「変身!」
緑色に光るパワードスーツに覆われた俺の前で、怪人が馬鹿にするように笑った気がした。
2008年04月17日 お題:制服