接客のぬくもり
日本へ小包を届けに郵便局へ行った時のこと、
ちょっと箱が弱くて心配だったが、壊れ物扱いで別料金を払うほどでもない。それでも心配だったので、受け付けてくれたおじいちゃんに
「壊れ物注意のシール貼ってくれる?」
と聞いたところ、やはり
「壊れ物扱いの郵便じゃないからシールは貼れないねぇ」
との答えが返ってきた。やっぱりそうかと諦めたところ
「箱に直接書けば?」
とマジックを貸してくれた。
「ありがとう」
と言いながら、’FRAGILE'と書こうとしたところ、どうにもスペルが思い出せない。
私の英語はしゃべるのはなんとか大丈夫だが、とにかく書くのが苦手。
何か文章を書かなきゃいけない場面はいつも夫にお願いする始末。
あぁ、もうちょっとスペルの勉強でもしておくんだったなどと、多々反省する場面に出くわしても、だいたい数分もすれば忘れてしまう。
でも、今現在私の目の前でおじいちゃんは試験監督のように私の前に立ちはだかりFRAGILEと書くのを待っている。
逃げも隠れもできない。
「F...えっと、次Rだっけ?Lだっけ?」
恥ずかしさを隠すために最高の笑顔をおじいちゃんに向けた。
そして一瞬「マジかっ!?」という顔をしたのを私は見逃さなかった。
それでもおじいちゃんは気を取り直して優しくスペルを教えてくれた。
「いやぁ、もう何年暮らしててもスペルは苦手で~」
などというごまかしの言葉から始まり
この国に何年いるのかとか、日本のこととか、子供の事とか、色々な話に発展した。
私がこの国に住んでいていいなと思うのは、こういうところ。
接客が人間対人間。
ハローとかCan I help you?とか必ず個人に向かって声をかけてくる。
「日本人なの?今度日本に行くからどっかいいとこ教えてよ」なんて店員が話してくることも少なくない。よくあるのが
「How has your day been so far?」
スーパーのレジでもこんな質問をされる。
「今日はどんな感じ?」
他人の一日に本気で興味を持って聞いてきてるのではないにしても、会話のとっかかりになる。
とは言っても、こちらも本気で答えることもなく
「Not too bad」とか「I have been busy」とか言ってるが、たまに気が向くと「いやぁ、今日はすんごく早起きして午前中いっぱい仕事だったからもう眠くってー」なんて言うと、
「そんなに早く起きたの?私は朝は苦手だわー」なんて返してきてくれたりするし、
「あ、そう。大変ね。じゃ、お会計〇〇ドル」
で返されると、だったら聞くんじゃねぇという気持ちになる。
いろんなケースはあるけど、それでもやっぱり人間対人間の接客は嬉しい。
日本に行くと、とくにデパートのようなところだとなんだかロボットと接しているような気持ちになることがある。定型文を読み上げているような話し方。もちろん私に合うものを一生懸命見つけてくれようとしたり、話が上手な素晴らしい店員さんもいるが、「いらしゃいませ」とあさっての方向見ながらだったり、洋服をたたみながら言ってたりすると片手間で挨拶されている気持ちになる。大体「いらっしゃいまっせ~、どうぞ御覧くださいまっせ~」をどうして鼻声で言う必要があるのか理解ができない。
別に買い物で欲しいものが手に入ればそれでいいわけだし、余計な話をする気分でなかったり、ただのウィンドウショッピングのときは、日本式のほうが気楽に買い物ができる。でも余計なお世話だが若い店員さんで定型文しか言えない接客している人を見ると、大丈夫か?接客って客と接することなんだぞ?と心配になってくる。
ただでさえ人と人とのコミュニケーションが希薄になりがちな昨今。客は神様でなく人間だし、店員はロボットでなく人間だし、まして店なんて全く接点のない人間同士が初めて接するところなんだし、鬱陶しくない程度にお互いに興味を持って接することができればいいなと思う。
私はそういう接客が好きだ。
ただ、オーストラリアの場合長蛇の列ができても平気でレジで話し込んでいる場面にでくわす。
その長蛇の列の中に自分がいる時は無性に腹が立つ。
そして日本のこざっぱりした接客が恋しくなる。
人間なんて勝手な生き物だ。