評価グリッド法再考

最近、分析事例を聞かないようだが、評価グリッド法は定性調査の方法論として数少ない確立された方法論である。
ここで再認識してみる。
<評価グリッドの歴史>
評価グリッド法の歴史の始まりはG.A.Kellyのパーソナルコンストラクト理論(1955)にあると言われている。この理論は「個人はその人の経験を通じて作られたコンストラクト・システムと呼ばれる固有の認知構造を持つ。この構造をもって環境や出来事を理解し、結果を予測しようとしている」とするもので、感覚器が環境情報を捉え、つまり知覚し、それが視床経由で皮質で認知となる。という現代の脳科学の知見とも大きく矛盾しない。Kellyはこの認知パターン・構造は各自固有のものであるから、個人のこのシステムを明らかにすれば精神疾患の診断や行動予測に使えるというのである。
このパーソナルコンストラクトを解明する面接方法としてレパートリーグリッド法が提案された。
例えば、クライアント(患者)の精神疾患の原因のひとつとして幼少期の親子関係に問題があり、その問題を抑圧していることがあると仮説した場合、患者に直接「幼い頃、お母さんとは仲良しでしたか?」との質問は虚偽や隠蔽を引き起こす。そこで、お父さんとお母さんはどういう関係だったか、お母さんと他の兄弟姉妹との関係は?とインタビューすることで関係性をどう把握(レパートリーグリッド)しているかを明らかにしようとするのがレパートリーグリッド法である。(Kellyは心理学者)
このレパートリーグリッド法を環境設計やマーケティングに応用したのが讃井さんのレパートリーグリッド発展法、評価グリッド法である。
<レパートリーグリッドの3個組法>
レパートリーグリッドは3個組法が基本である。
次のステップで実施される。
・刺激(エレメント)を用意する
・任意の3つを提示する
・似ている2つと似てない1つに分けさせる
・似ている点、似ていない点を自由に対象者のコトバで語らせる
・組み合わせの数だけおなじことを繰り返す
6種類のエレメント(カード)を用意した。
3枚をランダムに引き抜いて対象に提示して、似ている2枚、似ていない1枚に分けさせる。似ている、似ていないを対象者に表現させる。
それを組み合わせの数だけ繰り返し、最後に各要素の表現を好き・嫌い、買う・買わないなどの基準で選ばせる。必ず下記の表を用意しておく。

表-1

今回は6つのエレメントなので、対象者は20回同じ作業を強いられる。調査者もモレ、ミスのない組み合わせを掲げる必要があり、双方に大きなストレスのかかる方法である。さらに設定したサンプルサイズまで繰り返す必要があり大仕事になる。
<コンストラクトシステム(ラダー構造)>
パーソナルコンストラクトはラダー構造であるとの仮説を採用する。社会(マーケティング)分析によく出てくる正三角形を横に何本かの線で区切る図式がある。ターゲティング分析なら三角形の頂点の小さな三角がファン層で一番下の層(大体面積が最大になっている)が無関心層、非購入層などと命名されている。ラダリングではこの頂点の三角を抽象的価値観とし、その下を感覚的価値観とし、一番下を客観的、具体的要素とする。
一番下の「赤い丸型のスイッチ盤」が「明るい」という心理的価値に繋がり、最終的な抽象的情緒価値として「輝く未来」が出てくれば1本のはしご(ラダー)が出来上がる。これをラダーアップ作業という。
一方、輝く未来からスタートして、それはどんな心理的価値からできている?に「明るい」という表現がつながれば、明るい印象をもつ部分は?「赤い丸型のスイッチ盤」と具体的スペックに落とし込める。これをラダーダウンという。ここで留意するのは途中ででてくる表現は全て対象者が表現したものを使うことである。分析者の解釈、仮説的表現は決して使わない。

図1 概念図

<3個組法から一対比較へ>
手間のかかる3個組法はマーケティング向きではない。
そこでレパートリーグリッドの良い点である「比較させることで違い(価値)を対象者の表現として取り出す」と「対象者にラダー構造を意識させるインタビューをする」ことをそのままに一対比較を取り入れる工夫を行った。
インタビューの現場で、対象者に「何故、このブランドが好きなんですか」とモナディックで聞いても対象者は質問の意味・意図さえ理解できことが多い。そこで、「AブランドとBブランドとを比べてどこが違いますか」「Bに比べてAはどう見えるのですか」と比較させることで、対象者の認知に気づきや発見が促され、それを対象者の言葉で表現してもらう。
表現された言葉を「それはどんな気持ち、気分に結びつくか」とラダーアップしていき、最終的には価値観など抽象的な表現を引き出す。
エレメント(比較ブランド)が多数の場合は好きな順、買いたい順に並べてもらって上位3までに適用するなどのルールも工夫された。
ただし、ターゲットのブランドは順位に関係なく比較対象とする。
<評価グリッド法の進め方>
まず、探索的方法論であることに留意する。
ラダーの最上位概念を分析者は仮説的に考えてしまう。だから、どうしてもインタビューが仮説検証的になることが起こりやすい。
これとプロービングが多いインタビューであるとの特徴から誘導的プロービングが発生する。最上位の抽象概念の仮説があることと、インタビューが行き詰まって、対象者の反応が鈍い状況に追い込まれ、ラダーが作れない結果への恐怖感の2つが誘導的インタビューの原因である。だが、それをやってしまうと評価グリッドの良さがなくなる。
何本かの固定した分析軸を持っていて、それの重要度を知りたいというのであれば、コンジョイント分析の方が使いやすいと思われる。
リクルーティングはテーマのジャンルあるいはブランドの認知、購入経験者が条件になる。
インタビューの最初に好き、買いたいで順位付けをしてもらう。
上位3から4位で一対比較のラダリングインタビューを行う。この時、テーマのブランドが等外だった場合は、当のブランドと1位、2位との一対比較にする。
インタビューは1on1が基本だが、テーマによってはミニグルインを採用する。インタビューはラダーアップ、ラダーダウンを対象者にも認識できるようにプロービングする。ただ、すでに述べたように誘導に気をつけておこなう。
<ラダー図の描き方>
何度も言うように分析者の表現は載せない。おかしな表現でも対象者のコトバを採用する(プロービングでコトバの意味内容を確認することもある)
留意点のひとつはラダー数(ハシゴ段)は3から4にとどめる。
パーソナルコンストラクトはそんなに複雑な構造を持っていない。というより、複雑な構造を一定基準で単純化する方法がラダリングである。
もうひとつ大事な留意点が、要素と要素を結ぶリンクは決してクロスさせないことである。これは上位概念から下位(スペック)まで直線的にラダーダウンさせるということである。途中でクロスさせるとある要素が2つ以上の上位概念とリンクすることになり、ラダリングの切れ味が悪くなる。
赤いボタンが「情熱的」にも「危険(信号)」にもつながっていては分析の意味がなくなる。

図2 ラダリング例(一部掲載)

また、5人から10人インタビューすれば5から10枚のラダー図が出来上がるがこれをまとめて1枚にしようとしてもうまくいかない。
これは無理しないに限る、評価グリッドは改めてパーソナルコンストラクトであり定性的方法そのものなのである。

<評価グリッド:ラダー図の使い方>
讃井さんは、Kellyのコンストラクト理論をレパートリーグリッド発展法で建築、マーケティングで使えるようにし、評価グリッド法の提案で方法論として確立させた。
ここで自分が体験した評価グリッドの実用例を述べる。
ライトウェイトスポーツカーの新製品開発でスポーツカーの価値構造を評価グリッド法で解明した(図2)。
ユーノスロードスターとCR-Xデルソルとを比較させた(30年前)。
この時、次世代ライトウェイトのコンセプトは「自然との一体感」も考えられるとプレゼンした。
するとエンジン開発者グループから、「スポーツカーなんだから、やっぱりDOHCにターボだよね」と発言が出てエンジン開発の議論が沸騰した。
いや、このラダー図(パーソナルコンストラクト)だと「エンジンは電気モーターになる」としたら、「バカ言ってんじゃないよ」とエンジンから
猛反発があり、開発会議の混乱が増した。
結果、この会議の盛り上がりで開発の方向性が決まって(もちろん、EVではない)開発チームに前進力が出てきたということである。
このように評価グリッドはリサーチの結論(答え)ではなく、議論(のネタ)に使える方法論である。(ペルソナに似ている?)
このように評価グリッド法の活用は単純に当てはめるのではなく戦略的な使い方が向いている。

図3



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