オウムと富士山
宗教学者の島田裕巳さんの著書『日本人はなぜ富士山を求めるのか』に、こんな記述がある。
島田さんが言うとおり、オウム真理教には富士山に対する信仰はなかった。わたしたちは富士山麓で修行をしていたが、富士山を遥拝したことも登拝したこともない。ただし、オウムが富士山麓に総本部道場を建立したのは、「広い土地が入手しやすかったから」という理由ではなかった。
富士山麓を選んだ理由
1986年11月に三原山が噴火すると、麻原教祖は「次は富士山が噴火するだろう。シヴァ神の示唆で噴火を食い止めるため富士山にオウムの道場を建立する」と言って、富士に道場を建立することになった。
道場建立後に入信したわたしは、機関誌の記事を読んで「おかしなことを言うなぁ…富士山が噴火するなら、できるだけ遠くへ逃げるべきじゃないの?」と不思議だった。今考えると、「本当に宗教というものを知らなかったな…」と思う。もちろん、教団内の宗教物語はそうだったとしても実際は違うということもあるので、当時の事情をよく知っている人に聞いてみた。
聖地人穴
こうして決定した道場用地が富士宮市「人穴」だった。ちょっと気になっていたので、わたしはついでに聞いてみた。
「人穴という場所が江戸時代に隆盛した富士講という宗教の聖地だってことは、ご存じだったのかな?」
「もしかすると土地の所有者からそんな話を聞いたかもしれないけど、覚えていないなぁ。少なくともあの土地を選ぶ過程では話題になかったよ」
オウム真理教の総本部道場があった人穴が、富士講の聖地でもあるというのは偶然だ。ただなんとなく「富士講とオウムには、なにか共通するものがあるのではないか…」と、わたしには思えてくるのだ。