ルナサ研究
この年末ケルティッククリスマスで来日するアイリッシュトラッドバンド”Lunasa”。音楽事務所のMusic Plantでは、今回彼らの日本でのライブ録音をもとにアルバムを制作するというクラウドファウンディングを立ち上げた。しかも録音場所は京都のライブハウス磔磔。11/27、28、29の3日間ライブをやり、そこからベストテイクを選んでアルバムにするという。僕も一口参加した。ライブアルバムのCDがもらえるそうでとても楽しみだ。ただ、できることならその磔磔でのライブを観に行きたいところ。
Lunasaといえば代表曲はこの曲である。
“Morning Nightcap”
こちらの映像もスタートは同じ曲だが、どこかの学校での演奏。リラックスした感じだが、この状況でこれだけのアンサンブルができる凄みを感じる。
現在活動しているアイリッシュトラッドバンドの中で、Lunasaがピカイチであることはだれもが認めるところだろうと思う。これに並ぶことの出来る大御所は、今回ケルティック・クリスマスで同じく来日するダービッシュの他、アルタン、フルック、ソーラスあたりだろうか。あとはバンドではないがシャロン・シャノンくらいか。もちろん若いかっこいいバンドは沢山出てきているのだが。
バンドの歴史を調べてみると、もともとフィドルのショーン・スミスが90年代にソロアルバムを出した際、パイプのジョン・マクシェリー、ギターのスティーブ・クーニー、フルートのマイク・ゴールドリックの4人でライブをやったのが始まりだという。一方でショーン・スミスは当時、ギターのドノー・ヘネシーとベースのトレバー・ハッチンソンの二人と一緒にスカンジナビアでツアーを行っていて、帰国後二人をバンドに誘ってルナサが結成される。それにしてもスティーブ・クーニーという人はどこにでも顔を出しているのだな。すぐに脱退しているみたいだが。
そのメンバーで、1998年にファーストアルバム「Lunasa」が録音される。
その後ジョン・マクシェリーとマイク・ゴールドリックの二人は脱退、代わりにフルートのケビン・クロフォード、セカンドアルバム発売の後、パイプのキリアン・ヴァレリーをメンバーに迎える。
これで大体バンドメンバーが固まり、2002年のサードアルバム「Merry Sisters of Fate」がヒットする。
その後2004年にギタリストのドノー・ヘネシーが、ティム・エディ、ポール・ミーハンに代わったあと2011年に現在のエド・ボイドに交代している。エド・ボイドはフルックの創設メンバーであり、それ以降二つのバンドを掛け持ちでやっているということになる。
ルナサのサウンドの鍵を握っているのは、どう考えてもベースのトレヴァー・ハッチンソンだろう。そもそもアイリッシュトラッドでベースという楽器が登場することはほとんどなく、彼のベースが独特なグルーブ感を生んでいる。生い立ちを少し調べてみる。彼は北アイルランドのタイロン州出身。1986年から1991年までウォーターボーイズに参加しており、またウォーターボーイズの5枚目のアルバム「ルーム・トゥ・ローム」で起用したシャロン・シャノンとの縁で、彼女の3枚のアルバム1991年『シャロン・シャノン』、1994年『アウト・ザ・ギャップ』、1997年『イーチ・リトル・シング』をプロデュースしている。
ちなみにウォーター・ボーイズとは、スコットランド人のマイク・スコットによるロックバンドである。ヴァン・モリスンとU2を足して二で割ったようなサウンド、と言われたそうだが、カール・ウォーリンガーのピアノがかっこいい”The Whole of the Moon”は名曲である。
3枚のアルバムを出し、ほどほどにヒットしたがショービジネスに嫌気がさしたマイク・スコットは、バンドのフィドル弾きスティーヴ・ウィッカムの誘いでダブリンに移住する。そこで、現地のミュージシャンを集めて、セッションに明け暮れる。途中、ゴールウェイのスピッダルに場所をうつし、現地の音楽家も交えて多くの演奏と録音が行われた。そこから生まれたアルバムが最もヒットした1988年の「フィッシャーマンズ・ブルース」である。この期間は3年間に及び、そこで生まれた大量の録音は2013年に6枚組の「Fisherman's Box」として発売されているという。当時買うのを躊躇した記憶が朧げにある。
こちらなんと2019年の映像。マイク・スコット、めちゃめちゃ若いじゃないか。ろくでなし子の貢献だろうか。
そして、マイク・スコットがダブリンに移ってからのウォーターボーイズにトレヴァー・ハッチンソンがベーシストとして参加することになる。トレヴァー・ハッチンソンは、エンジニア、プロデューサーとしても有名である。おそらく上記フィッシャーマンズ・セッションの中でも大きな役割を果たしたのではないだろうか。Lunasaの音作りにもトレヴァーの手腕が発揮されていないわけがない。あのタイトで疾走感のあるグルーブ、そしてどことなくロックっぽいあのサウンドはトレヴァーのそれまでの経験が生きているのだろう。イケてるロックバンドに5年間も在籍していたという経験は大きい。そして録音技術も含めて、プロデューサー経験がある、というのはアイリッシュトラッド界でいえばドーナル・ラニーのような存在に近いのではないか。現在はダブリンで若手の育成、プロデュースも行っているという。
また昔の映像を観ていて思うのが、初期のLunasaにおけるドノー・ヘネシーの存在はとても大きかったのではないか、ということ。この疾走感とひたむきな感じ。彼はなぜLunasaを抜けたのか、そしてその後彼はどんな活動をしているのか。
彼はお父さんはジャズミュージシャンでダブリンに住んでいたが、10代で西海岸のディングルに引っ越すと、アイリッシュトラッドにハマり、夜な夜なセッションに参加してギターを弾いたという。24歳のときゴールウェイでシャロン・シャノンと知り合い、彼女のバンドに参加。そこで彼女のアルバムをプロデュースしていたトレヴァー・ハッチンソンと出会い、それがのちのLunasaにつながっていった、ということらしい。これもフィッシャーマンズ・セッションの中でのつながりかも知れない。
ググっていたら、そのドノー・ヘネシー、2013年にダミアン・ムレンというアコーディオニストと二人で来日公演している。吉祥寺でライブをやっている。行けばよかった。そこにトレヴァーも参加している動画があった。やっぱり観たかった。
こちらは1997年、まだLunasa結成前のシャロン・シャノンとのデュエット。二人とも若い!
またこちらの映像、まだ今からほんの一ヶ月前、2023年の7月のThe Percy French Festivalというイベントでのダーヴィッシュのキャシー・ジョーダンとドノー・ヘネシーのデュエット。髪は白くなっているが、健在じゃないですか。うれしい。
ちなみにこの3つの動画の間には25年以上の隔たりがあるが、ドノー・ヘネシーの弾いているギターが同じに見える。ローデンのFサイズのカッタウェイか。きっとお気に入りなんだろう。
※追補) 知り合いのローデン博士によると、彼のギターは初期はローデンのS25Cで、現在使っているのはO32Cなのだそうだ。ちなみにS25Cはあの激しいカッティングのせいで、トップ板に穴が空いてしまったためにお蔵入りになったとのこと。また彼の名前は、ドノーではなく、ドナと発音するのが正しいようだ。訂正します。
最後、こちらはごく最近、2023年5月のゴールウェイでのライブ映像。6月にゴールウェイに行っていたので、もうちょっと早ければ現地で見られたかも、と思ったが、この年末には日本で見られるのだから、いいとしよう。楽しみだ!