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本を読みたいのに読めない―。働く人の読書を考える特別対談 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』著者・三宅香帆×上田渉対談

「働く」と「読書」の両立を考える―。
10月21日に開催された「オーディオブック大賞2024」の特別トークセッションより、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』著者・三宅香帆さんと、オトバンク会長・上田渉による対談をお届けします。本書誕生の経緯から、働く人の読書を取り巻く現状、そして読書との新しい向き合い方まで、「本を読みたいのに読めない」という現代人の悩みに迫ります。


■潜在化していた「本を読みたいけど読めない」という声

上田:まず、今回のテーマは『「働く」と「読書」を考える』です。皆さん読書機会がどんどん減っているということが、定期的に話題にあがります。直近だと、今年の9月に文化庁から読書に関する調査が発表されて、1ヶ月に『本を1冊も読まない』という方が6割を超えていることが話題になりました。率直にこのデータについていかがですか。

三宅:本好きの身からすると、読書はメジャーな趣味だと思っていたんですが、今は特に社会人の方にとっては読書が、なかなか手軽に手が出せないものになってしまっているんだなと感じています。

上田:こういった現状のなか、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が大ヒットされて、本当に素晴らしいですよね。本を読むこつや読書案内などの読書本はありますが、逆に『読めなくなった』というテーマで書かれた本は珍しいなと感じています。このテーマでなぜ執筆されようと思ったのか、お伺いしたいです。
 
三宅:大学は文学部だったので、当時の友だちも、もともとはすごく本が好きな子が多いんです。その子たちですら、『就職するともう全然本読めなくなった』と言っている子がたくさんいました。私自身も会社で働き始めると、すごく本が読めなくなりましたし、もともと好きだった古典文学や海外文学のような、少し自分から遠い文学との距離ができてしまった感覚になったことがあって。『働いていると、本が読めないよね』という話をすることが多かったんです。
 
でも、あまりそこに突っ込んだ本がなかったので、(自分で)書いてみたら何かわかるんじゃないかな?と思ったのが、タイトルを決めたきっかけですね。

上田:実際に書かれてみての反響は、いかがでしたか?
 
三宅:最初はWeb連載で2023年の1月から1ヶ月1回更新、ほとんど1年かけて書きましたが、連載のときからすごく反響がありました。特にタイトルに『ただひたすら共感』という感じで、ネットですごくバズって。『働いてると本を読めない!確かに!』という声がきていました。
 
上田:読みたいと思っていたけどなぜか読めないという問題意識が、顕在化された言葉だったんでしょうね。
 
三宅:そうですね。出版不況や本が読まれないというような話が出てくると、『スマホが好きで、本を好きではなくなったのでは』という言い方をされることがあります。
 
でも、私は『本を読みたいけど読めない人』が想定より多くいるぞ、と思っていました。小さい頃は本を読んでいたし、小説も好きなんだけど、今は読めない。なぜなら生活や仕事があるから。という人が自分の周りにはいる。でも、声があがっていなかった。それこそ名付けられていなかったみたいなところがあったのかなと思います。

上田:たしかに。僕自身も働き始めてすぐは仕事に関するビジネス書などをたくさん読みましたが、小説などは読めなくなった時期もありました。

でも、今はオーディオブックを活用しているので、逆に読書量は増えました。読めなくなったところを、オーディオブックが担っていったという感じです。おそらくオーディオブックがない場合だと、その隙間の時間が別のものに置き換わっていってしまうのかもしれません。
 
三宅:子育てをしていたり、仕事が忙しくて出張が多かったりすると、そもそも書店があいてる時間に書店に行けないという話を聞くんですよね。なので、『読みたい』というモチベーションと、実際生活の中にどうやって読書を組み込むかっていう話は、また別の話だなとすごく思っていて。
 
さきほどおっしゃっていたような今までの読書本は、読みたくない人を読みたくさせるモチベーションを上げる方法はたくさんあったと思います。でも、読みたいというモチベーションはあるけど、実際生活の中で読めないという人たちへのアプローチっていうのはなかったのかなと。

■『ノイズ』の摂取が、個性を作る

上田:本で書かれている中に、自身の仕事や自己実現に直接役立つ以外の情報をノイズとして感じてしまい、摂取できなくなっているのではないかということが書かれていました。例として、仕事にのめり込むにつれて元々好きだった小説が読めなくなり、暇があれば空虚な目でスマホゲームをする、という映画『花束みたいな恋をした』の1シーンが挙げられていましたね。
 
三宅:『花束みたいな恋をした』は、2021年に公開された映画ですが、ここ5年の間で、友だちみんながこんなに観ている映画はないというぐらい流行っていました。主軸は恋愛映画なんですが、労働によって、自分が好きだった文化にアクセスできなくなる。仕事がものすごくブラックだったり、ものすごく劣悪な環境というわけではなくて、仕事はある程度充実しているんだけれども、だからこそ、昔から好きだった本や漫画が読めなくなるシーンがあります。そういうところを描いた話って、実は今までなくって。それゆえにすごくそのシーンの話で盛り上がったんですよね。

そのうちに、『なぜ働いてると本が読めなくなるのか』みたいな本を書きたいなと思うようになったんです。なんで本を好きな人が本を読めないんだろうと。時間がないという以上に、スマホゲームをできる時間はあるのに本が読めないというその境目は何があるんだろうというのを、連載中ずっと考えて。その一つの結論がノイズかなと思っています。
 
上田:時間的余裕や精神的余裕がないと、そういった自分の本来仕事と離れたところの情報を摂取してもうまくそれを栄養にできない。そんな感じでしょうか。

三宅:そうですね。この本の中ではノイズという、あえて少しマイナスっぽい言い方をしています。
 
仕事をしていると、必要な情報と必要ではない情報をひたすら選り分けていくような作業がありますよね。例えばメールを返すにしても、これはすぐ返す、これはちょっと考えてから返さなきゃいけない、みたいな感じでパパッと情報を選り分けるみたいな作業をすると思います。
 
そういう作業に慣れていくと、インターネットでも、これは自分が検索したい、調べたい、知りたい情報かな、そうじゃないかな。と選り分けの作業みたいなものをすごくせざるを得なくなると思っていて。
 
本というのはある程度、自分の知りたいことを超えたところにある知識を教えてくれるものです。小説を読んでいても、私は最初に想像した展開から裏切られると面白いって感じます。想定以上の物語だったり、情報でも自分が未知であったことを知られる知識だったり、想像できないことを教えてくれるのが読書の本当に素晴らしいところだなと思うんです。
 
でも、さっき言っていたような知りたいこと以外は除去していくという作業に慣れていると、その想像を超えた展開みたいなものを、これは要らないものだというふうにノイズ的に受け取ってしまうのではないでしょうか。
 
上田:実際は、意外とそのノイズがあったからこそ、新しい発想が生まれるということも結構多いんですよね。
 
三宅:そうなんです。なので、長期的に見れば、ノイズは本当はノイズではないと思っています。例えば私が仕事をする上でも、昔読んだことが今の仕事に繋がったり、全く繋がると思っていなかったことが仕事になったという経験があります。会社員のときも、今の文筆業も、ノイズが結果的に自分の個性みたいなものをつくってくれたという経験がすごくあるんです。
 
でもそのノイズを取り入れて、強みをつくる時間や余裕や姿勢というのが、今の社会だと優先順位がすごく低くなっている。長期的なことは後にしましょう、今を頑張りましょう、という風潮になっているのかなと感じます。

■オーディオブックの可能性と、働く人の読書の未来

上田:オーディオブックについてもお聞きできたらと思います。まさに働きながら本を読む手段として、オーディオブックが広がり始めています。実際そういったオーディオブックの使い方や考え方は、読書家として、また著者としてどう思われますか。
 
三宅:私の本も『オーディオブックで聴きました』と読者の方に言われたり、感想を検索していると出てきたりして、本当にここ数年ですごく増えたなと感じます。
 
本は、最初の方を読んでみて、自分の求めている答えがなかったら、読むのをやめてしまうという方も多いと思います。でもオーディオブックであれば、『とりあえず聴き流しておくか』と思ってもらえるのがすごくいいなと思っていて。著者としてもオーディオブックで聴いてもらうことで、読書が広がるのがすごく嬉しいです。
 
それこそ『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、『なぜ働いていると「なぜ働いていていると本が読めなくなるか」を読めなくなるのか問題』などとも言われていて。なんで本で出したんですか、ということも言われました。(笑)
でも、オーディオブックを早いうちから出させていただいたので、『オーディオブックだったから聞けました」という声もいただきました。

上田:オーディオブックでも配信できて、良かったです。最近では、法人向けのオーディオブックサービスというのもあって、社員教育や福利厚生で使っていただいていて、平均的な読書冊数は大体月で4.3冊くらいなんです。
 
三宅:すごいですね。通勤電車に乗る方も多いですし、満員電車だとなかなか本を読みづらいと思います。そういうときにオーディオブックがあるといいですよね。
 
ほかにも、授賞のコメントにもありましたが、子育てをしていて本を広げられないという方がオーディオブックを聴いているというのもあると思います。友だちは、骨伝導イヤホンを使って寝かしつけのときにオーディオブックを聴いていると言っていました。そのようにテクノロジーで生活に読書が組み込まれていくと、本の読み方も全然違ってくるなと思います。
 
上田:最後に、『働くと読書を両立させる』というのはどういうことか。三宅さんのお考えをぜひ改めて教えて下さい。
 
三宅:『(本を)読みたい気持ちはあるのに、読めない』という方は、想像以上に多いと思います。働いている人にとって、自分の時間を守るという意味でも、読書は一人でできる活動です。読書というと、しなければいけない義務のように感じる人もいると思うのですが、それを『一人になれる時間』『自分自身のことを深められる時間』として捉えてみると、社会人にこそ必要な時間だと感じています。オーディオブックがさらに広がることで、働いている人にも読書人口が増えていくのではないかと思います。
 
上田:本で登場されていた『半身で働く』という言葉も、とても好きな言葉でした。
 
三宅:『なぜ働いてると本が読めなくなるのか』の中で、ずっと仕事のことを考えないといけないと思って全身全霊で働いていると、1人の時間なんてない方がいいとなってしまいがちです。でも、半分で働いて、もう半分は生活だったり、家事だったり、あるいは読書で1人になったりという時間をつくってもらえたらと思います。
 
上田:働きながら読書を楽しめる方法として、オーディオブックを今後も広げていきたいと思います。ありがとうございました。


■三宅香帆 プロフィール
文芸評論家。1994 年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著作に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術―』、『名場面でわかる 刺さる小説の技術』、『女の子の謎を解く』、『それを読むたび思い出す』、『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』、『人生を狂わす名著 50』など多数。


▼特別トークセッションは動画でもご覧いただけます。


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