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8月18日の礼拝の内容です。

8月18日の礼拝の内容です。讃美歌は、197.361.433.470.27です。
オンラインのアドレスはhttps://youtube.com/live/E-qEt9vBMDE?feature=shareです。

礼拝説教      使徒10:44~48「聖霊を受けた人たち」    2024.8.18

 8月の第3日曜日を迎えました。1週間の初めの日曜日に、このように神を礼拝することができますことを心から神に感謝したいと思います。この礼拝を通して、私たちの1週間の歩みが豊かなものとなりますように願います。

 先週の木曜日は、8月15日でした。79年前にあった終戦記念日でした。8月は平和について、戦争のついて考える時です。79年という年月は流れましたが、新たな思いで、戦争の悲惨さと平和の大切さを受け止める時としたいと願います。同じような悲劇が繰り返すことがないようにと心から祈るのです。

 使徒言行録を読んでいます。使徒言行録は初めての教会の様子を描いています。使徒10章からは、大きな転換をもたらしています。それは、イエス・キリストの福音がそれまではユダヤ人だけに与えられていたのが、ここからはユダヤ人以外の異邦人、つまりすべての人々に与えられていくのです。最初の人は、コルネリウスという人でした。使徒言行録の中心は、イエス様の弟子たちではなく、聖霊です。神によって送られた聖霊はいろいろな働きをしていきます。使徒10章から異邦人に、イエス・キリストの福音が伝わって行くといいましたが、その流れは聖霊が天使を送って進めていくのです。

 まず、天使はコルネリウスに語りかけました。「コルネリウス、あなたの祈りと施しは、神の前に届き、覚えられている。今、あなたは、ペトロをあなたの家に招きなさい」といいます。天使の言葉を受けて、コルネリウスは、3人をペトロのいる家に送りました。次に、天使はペトロに働きかけます。ペトロが家の屋上で、祈り時をしている時に幻を見せるのです。天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅に吊るされて、地上に下りて来るのを見るのです。その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていました。そして、天使はペトロに「ペトロよ、身を起し、屠って食べなさい」といいます。ペトロは「主よ、とんでもないことです。清くないもの、汚れたものは何一つ食べたことがありません」と答えます。天使は「神が清めたものを、清くないなどと、あなたはいってはならない」といいます。そのようなことが3度も起るのでした。ペトロは今見た幻をついて1人で思案に暮れていると、コルネリウスから送られた3人が、ペトロの家に着きました。ペトロに天使は「3人があなたを探しに来ている。立って下に行き、ためらわないで、一緒に出発しなさい」といいます。ペトロはその3人を、家に招き入れて、泊まらせ、次の日に、その人たちと共に出発します。コルネリウスの家に向かって行きます。

 コルネリスは親類や親しい友人を呼び集めて待っていました。ペトロが来ると、コルネリウスは迎えに出て、足もとにひれ伏して拝みました。ペトロはコルネリウスを起して、「お立ちください。私もただの人間です。」と答えます。ペトロはコルネリウスとその関係者に「あなた方も知っている通り、ユダヤ人が外国人と交際したり、外国人を訪問することは、律法で禁じられています。けれども神は私に、どんな人をも清くないものとか、汚れているものとかいってならないと、お示しになりました。それでお招きを受けたので、すぐに来たのです」と答えます。コルネリウスは、自分が天使に導かれたことを話してから、「よくおいでくださいました。今私たちは皆、神があなたにお命じになったことを残らず聞こうとして、神の前にいるのです」と答えます。

 ペトロはコルネリウスに「神が人を分け隔てないことが、よく分かりました。どんな国の人でも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れれるのです。イエス・キリスト、この方こそ、すべての人の主です。平和を告げ知らせて、ユダヤ人に送ってくださった御言葉を、あなた方はご存じでしょう。神は聖霊と力によって、イエス・キリストに油を注がれました。イエス様は方々を巡り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべて癒されたのです。神がいつも御一緒だったからです。しかし、エルサレムで人々は、イエス様を十字架にかけて殺してしまったのです。しかし、神はこのイエス様を、3日目に復活させ、人々に現わしてくださいました。しかし、それはユダヤ人全体ではなく、神によって選ばれた証人、イエス様が死者の中から復活した後、御一緒に食事をした私たちに対してです。イエス様は、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、人々に宣べ伝え、力強く証しするようにと、私たちにお命じになりました。また預言者も皆、イエス様について、この方を信じる者は誰でもその名によって罪に赦しが与えられる、と証しています」と告げます。

 そして、今日の聖書の箇所です。ペトロがこれらの言葉をなおも話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降ったのです。使徒2:1~4で起ったペンテコステの出来事が、まさにここで同じように起っているのです。割礼を受けている信者で、ペトロと一緒に来た人は皆、聖霊の賜物が異邦人の上にも注がれているのを見て、大いに驚いています。異邦人が異言を話し、また神を賛美しているのを、聞いたからです。そこでペトロは「私たちと同様に聖霊を受けたこの人たちが、水で洗礼を受けるのを、いったい誰が妨げることができましょうか」といいます。そして、イエス・キリストの名によって洗礼を受けるようにと、その人たちに命じています。それからコルネリウスたちは、ペトロになお数日滞在するようにと願っています。

 聖霊の働きによって、イエス・キリストの福音がユダヤ人から、異邦人に伝えられていくことができていきました。これから本格的な異邦人伝道が始まっていくのですが、これから教会は大きな壁と向き合うことになります。それはユダヤ人キリスト者の壁です。使徒11章の初めを見ますと、ペトロがエルサレムに戻って、異邦人がイエス・キリストの福音を受け入れ、聖霊が降ったことを話します。この時に、割礼を受けていた者たちはペトロを批判して、「あなたは割礼を受けていない者たちの所へ行き、一緒に食事をした」といいます。ペトロがコルネリウスに最初に出会った時に、「ユダヤ人は外国人と交際したり、外国人を訪問したりすることは律法で禁じられています」と説明していることが、ここで問題となっていくのです。ここでペトロは天使を通して、自分の身に起ったことを丁寧に説明して行きます。それで、一時的には了解してもらったかもしれません。やがて、アンティオキア教会を拠点として、バルナバとパウロによる第1回伝道旅行が始まります。異邦人伝道が本格化していくことになります。

 この第1回伝道旅行を通して、多くの異邦人が福音を受け入れていくことになります。異邦人伝道が進んで行く中で、ユダヤ人キリスト者の中で、問題が本格化していきます。使徒15章には、初めてのエルサレム会議が行われます。ここで、異邦人伝道のために必要な話し合いが持たれます。あるユダヤ人キリスト者がやって来て、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなた方は救われない」と教えていました。つまり、イエス・キリストの福音に預かるためには、信仰だけではなく、割礼を受けて、律法を守らなければならないということです。バルナバやパウロとその人たちの間で、激しい意見の対立と論争が生まれてしまいました。ペトロはその議論の中で「神は聖霊を与えてくださり、私たちがイエス・キリストの福音に預かることができるようにしてくださいました。それを、今度は異邦人にもイエス・キリストの福音に預かることができるようにしてくださったのです。私たちが守ることができなかった律法を守るようにいうのですか。私たちはイエス・キリストの恵みによってのみ救われると信じているのです。これは異邦人も同じことです」といいました。そして、エルサレム教会の指導者であったヤコブは「わたしはこう判断します。神に立ち帰る異邦人を悩ませてはいけません。偶像に備えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞殺した動物の肉と血を避けるようにとしましょう」と結論づけました。

 これは当時の教会の問題を解決するために必要な内容だったのでしょう。このような内容は、今はなく、イエス・キリストの信仰のみが大切なこととされています。神は私たちの罪の赦しをずっと前から計画されていました。ユダヤ人を通して、罪とは何か。罪を贖うために何が必要か。そして、神のイエス・キリストの十字架の死と復活です。このイエス・キリストの十字架の死と復活を信じることによってのみ、救われるです。救われるということは、最後の審判の時に、裁き主であるキリストから、あなたの罪は私が十字架で赦した。だから、あなたは神の祝福に入り、永遠の命が与えられるということです。

祈り 神よ、あなたを礼拝することができましたことを心から感謝します。ペトロによって、コルネリウスらの伝道が進んでいきました。彼らはペトロから洗礼を受けて、教会に加わっていきました。やがて、異邦人教会が誕生していくのでしょう。教会は、その後、いろいろな困難にあいますが、聖霊の助けによって、すべての人々への伝道が進んでいきます。その伝道の流れは止まることはありません。今も、教会を通して、イエス・キリストの福音が語られ、信じる者が起こされていくのです。感謝です。この感謝を、イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

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