連載小説 青年よ念仏を唱えよ 第5話 太った郷ひろみと1000万円の謎
朝の気配とまどろみと共に
私はいつの間にか新宿西口のとある高層ビルにいた。
昔からの友人から電話がかかって来たのだ。
その高層ビルのホールで行われているという今までどこにも存在しなかったという画期的なニュービジネスのお誘いだった。
彼はかってバブル期の頃にとある自己啓発セミナーに何百人も集めた人物だ。
今回は何やらどんな人でも1000万円を手に入れることのできる秘密を無料で教えてくれるらしい。
お題目を集団で唱えているような大勢の声がホール会場から聞こえてくる。
ほとんどが若者のようだ。
みんな1000万円、1000万円、、と声を張り上げて何度も繰り返し唱えている。
ステージ上では意識の高そうな20代の若者がいかに1000万円を手に入れたかを体験発表している。その上メルセデスベンツも簡単に手に入れてしまったというサクセスストーリーまで大きなジェスチャーを交えて自慢げに話している。
こういった人生もわからないくせに粋がっている若者たちをどうしても好きになれないし、また哀れにも思えた。
誰か上の者から吹き込まれたサクセスストーリーやジェスチャーをそのまま猿真似しているに過ぎないのだろう。
彼のような若者はどうせすぐに挫折しいつの間にか消えていなくなるに違いないのだ。
億千万ならまだしも1000万円とはスケールが小さ過ぎる。バブル期のカオスを体験し尽くしたボクにとっては流石に苦笑いせざるを得い内容だった。
「時間の無駄だからもう帰るよ!」
と唐突に友人に言った。
友人曰く
「これからがいいところなんだぞ、、
頼むからここにいてくれ!」
と引き止められる。
ああっ!、、これは失敗したかも?
ひどい疲れにも関わらず埼玉の片田舎から友人の誘いに乗ってまでこんなセミナーに来るんじゃなかったよ。
もしあそこに、、カリフォルニア旅館に留まっていたのなら今頃はラドン鉱泉に浸かっているか、若女将さんの美味しい手料理でもたらふく食べていたことだろうに、、。
すると郷ひろみらしき人物がさっそうと壇上に現れマイクを握り締め歌い始めた。
「1000万、、1000万の胸騒〜ぎ、、」
みんな大よろこびで興奮している。
まるでエサを与えられた時のパプロフの犬のように。
あれっ?
そう言えばあの歌詞は、、確か?
億千マン億千マン、ジャパーン、、、!
、、じゃなかったっけ?
そしてその郷ひろみと名乗る人物がテレビで見るよりもやたら老けているように見えた。
太っている腹が出ている、、しかも白髪!
完全な初老のおっさんじゃないですか?
でもボクの友人は「彼こそ彼の姿こそが本物の郷ひろみなのだ!」と断言して、腕組みをしたまま頑と譲らずステージの上を直視している。
ふと後ろを振り返るとテーブルの上に札束がポンと置いているのに気づいた。ボクはその札束に釘付けになってしまった。
この厚さは1000万円ちょっとぐらいあるのだろうか?
、、、でも待てよ!
よく見たらこれは聖徳太子じゃないぞ!
それは韓国のお札のようだった。
やたら桁の多い数字が並んでいてお札の絵は聖徳太子ならぬ古代韓国の李(い)大王?の顔、
ウォンは日本円よりも0が一桁多いのだ。
ボクは自分が騙されたことにやっと気づいた。