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グリーティング・ウィンター1987 #パルプアドベントカレンダー2019

 しめしめ、今年も豊作だ。
 12月24日の仕事帰り。バッグとコンビニの袋片手に郵便受けを開いた私は、中にごそっと詰め込まれた郵便物を手に取りながらほくそ笑んだ。

 家に入り荷物を床に放り投げて早々、私は郵便物のチェックを始める。新聞、チラシ、そして封筒が4つ。封筒以外のものを机に置き去りにして、ベッドにどかっと腰掛けた。
 封筒はどれもハガキサイズより少し大きめのもので、厚みがある。少しマットな赤、緑色で想像をかきたてられるのは…そう、クリスマスカードである。

 【里柄キリコ様】…丁寧に宛名が書かれたのは、母から。かわいらしいクリスマスツリーが描かれたシンプルなカード。
 もうひとつ、ちょっと丸みがある字で書かれているのは、昨年から一人暮らしをはじめた弟から。開くとジングルベルが鳴り出した。こういうギミック好きだな、あいつは。
 2人とも今年発行された季節のグリーティング切手を貼っている。スノードーム柄の可愛らしい丸みのあるものと、ログハウスに雪が積もったデザイン。賑やかな家庭のパーティーにお邪魔できそうな予感。うむ、妥当。

 【Dear  KIRIKO SATOGARA】…独特の消印が押してある。エアメールだ。イギリスに住む私のペンフレンドは、こういう季節の挨拶を欠かさないマメな女性である。
 彼女の心遣いは素晴らしい。ヨセフが天使から御告げを貰う一場面が描かれた、クリスマスに相応しい英国の記念切手だった。今年はベツレヘムに飛ぶことになるだろうか。聖書の世界である。それも一興。

 そして、縦書きで達筆に【里柄キリコ殿】と宛名を書いて送ってくれたのは…

「さっすが針山教授〜!わかってる!」

 思わず声が出た。私が大学時代お世話になっていた研究室の針山教授も欠かさず季節の手紙を送ってくれる1人だが、教授が送ってくれる手紙にはいつも貴重な切手が貼られているのだ。
 私はすぐにネットで情報を調べた。今年はフィンランドの1980年代もの。妖精と戯れるセント・ニコラウス…サンタクロースだろうか。
 この季節のグリーティング切手といえど実はダイレクトにサンタクロースを描いた柄に出会うことはそんなにない。なかなかにラッキーである。今年こそ、もしかして、もしかするかも。


今日の風呂敷
・カイロ10個(背中には貼るカイロを装着済み)
・魔法びんに入れたアツアツのココア
・十分に温めたのち、厚手のタオルで包んで保温したファムチキ3つ
・これまた湯煎で十分に熱した熱燗1つ
・100均で購入したクリスマス用赤い靴下


 靴下は、ちょっとばかりのクリスマス・ジョークである。

 家でのディナーは簡単なものにとどめておこう。極力体を温めることを考えて、湯豆腐の辛味噌乗せ、生姜とネギのスープ。
 湯船につかってしっかり20分。湯冷めをしないようにすぐ防寒具は着込んだ。足元も、靴下3重の防水バッチリスパイク靴(私の家には、夢旅のために買い込んだアウトドアグッズが山ほどあるが、一度も外で使ったことのない新品同様ばかりであるためベッドに入れても汚くない)。装備と風呂敷をチェックして、私はベッドに潜り込む。


 どこに飛ばされてもいいように、気合いだけは入れていこう。大丈夫、この間クマと出会っても生き延びていられたのだから、もう何と遭遇しようと驚くもんか。
 さて、今夜も『良い旅を』。

***

 私は今、ハロウィンでごった返す渋谷スクランブル交差点のど真ん中でもみくちゃにされている気分である。

 目が覚めると、私は風呂敷を抱えたままの状態で無数の謎の物体とぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうをしていた。とにかく狭い。満員電車の方が、人の柔らかみがあるだけまだマシかもしれない。なにせ私の体中をゴリゴリと押し付けてくるのは何やら箱のようなもの。角がほっぺたに刺さるのだ。
 文字が読める明るさだったので、ひとつ手に取ってみた。『安眠戦隊ジュクスイジャー』のおやすみ枕セット(熟睡パワーを溜める重要なアイテム、と書いてある)。もうひとつ。『レトロなプリキュアット』のタイムレコードカメラ(技を繰り出すと良い子だった過去に戻る設定らしい)。主におもちゃが大半のようだ。
 私は身動きできぬまま真顔で風呂敷を抱えなおす。これが今年のクリスマス・ドリームツアーか。私今年なにか悪いことしたかな。

 ガタン、ガタンと空間を揺さぶる振動は、どこか電車に揺られている感覚に近い。腹の奥に深く響くようなこの振動を、私はどこかで経験したことがある気がする。少し心地いいんだよなあ、ちょっと眠くなってきた。夢の中だけど。
 数分黙って振動に体を預けていると、周囲の音も意識できるようになってきた。ゴオオ、と鳴るのは風の音。どこかから隙間風のように冷たく細い空気の流れを感じる。混じって、ドドッ、ドドッという音。振動に合わせて聞こえるから、これはきっと足音。そして微かに響く、クリスマスといえばコレとも名高い鈴の音。
 もう、迷うことはない。推測できた。ここはサンタクロースのソリの上、あの夢が詰まったプレゼント袋の中というわけだ!

    だが、残念なことに出口を見つけられない。なにせ視界の端から端までプレゼントで埋められてどっちが上でどっちが下かもわからないのだ。
    なにもかもがランダムで結局は予想が遠く及ばないのがこの夢旅。考えても無駄で、限られた時間を浪費するだけ。まずはこの移動手段を楽しもう。私が風呂敷の結び目を緩めて、ココアの入った魔法びんに手をかけた瞬間だった。

    ブフォン!という大きな唸り声と共に空間が大きく揺れた。
    そして私の首の左側から突然ニョキッと生えてきた太い腕が、手探りでガサゴソと目の前をまさぐったと思ったら、私の大切な風呂敷をむんずと掴んで引きずり出そうとするのだ!

「ちょっと!!」

    私は風呂敷にしがみつく。だがその腕はたいそう力があって、私ごとズルズルと引きずっていく。プレゼントたちが私の身体を四方八方からハードにマッサージしていった。
    数秒後、すぽん、とプレゼントたちの圧から解放されると同時に、私の顔には痛いくらいの吹雪が吹き付けてくる。正直目が開けられないレベルだ。鼻毛も凍るとはこの事か。自分自身が体験するとは思ってもみなかった。

『プレゼントがモソモソ動くだなんてビックリ仰天じゃのう』

    耳元で聞こえた声は、小さい頃から思い描いていたものとそっくりで、思わず身体を竦めてしまう。恐怖ではない、嬉しさで、だ。顔にこびりついた雪を拭って、私はパチリと目を開ける。

    赤い帽子に、ふわふわとたくわえられた白いヒゲ。恰幅の良い身体を包む赤い服。帽子とヒゲの隙間から見える目は、優しそうに細められている。
    二十数年ごしの夢が、またひとつ叶った。私は、サンタクロースに会えたのだ。


    促されるまま手綱を持つサンタクロースの隣に座った私は、風呂敷の中身を確認する。袋の中には何も落としてきてはいないみたいだ。
 感動と緊張のドキドキが少しずつ治まってきたところで、改めて周りを見回す。木製のソリに乗せられた大きな白い袋(中に入っていた私が感じていたよりもずっと小さい。おそらくこの袋の中身は四次元ポケットだ)、目の前にずらりと並ぶ9頭のトナカイたち(もちろん先頭は例の赤鼻である)、隣にどっしりと腰を据えているのはサンタクロース。
 吹雪が静まったことで、ようやく景色も見えてきた。ここまで来ては何も驚くまい。イルミネーションがきらめく街並みの遠く上空から、私はそれを見下ろしている。前言撤回。私空を飛んでいる!すっごい!!

 ふう。さて…まさにクリスマスらしい夢旅になったが…どうする?私。

『君が何者でどこから来たかなど聞かぬよ。聞く暇もない、の方が正しいかのう』
「一年に一度の繁忙期…繁忙日、ですか」
『まさにじゃ!それはそうと、ふむ、二番手の【ダッシャー】の鼻が何やらヒクついておるようだが』

 私が抱える風呂敷をチラリと見やり、サンタクロースがウインクした。
 トナカイの嗅覚にささったもの?一瞬考えた私は、この冷たい空気の中でもじんわりと感じられる香ばしい匂いの正体をそっと中からたぐり寄せる。隣から、空腹を主張する音がした。香りが強くなると、トナカイたちが低く唸りながら興奮した様子を見せた。先程袋の中で聞いた唸り声とそっくりだ。

『これはこれは…ひとついただいても?』
「寒いなか、お仕事大変ですもんね。一杯やりますか」

 私はココアの入った魔法びんと熱燗の瓶を取り出して見せる。どちらも不思議そうに見つめるサンタクロースの動きがまるでアニメのようで面白い。ヒゲを撫でる指使いも、なにもかもが求めていた理想そのままだった。

    だけど、サンタクロースのソリの上で行うクリスマス・ディナー(※なお、ファムチキ)だなんて、人類史上どころか物語史上でも初だろう。誰かこの風景を切手にしてくれ。


***

 正直夢であってほしい。
 あの後、ファムチキと熱燗でご機嫌になったサンタクロースが聖夜の夜空をソリで爆走してしまっただなんて。私が将来子どもをもったとしても絶対に聞かせられない夢旅になってしまった。

 そんなことを考えながら(半ばうなされながら)目覚めた12月25日。
 風呂敷の中に入れておいた赤い靴下の中に、サンタクロースからのクリスマスカードが入っていることに私が気付くまで、あと5分。

(フィンランド 1987年クリスマス2種)
>We wish you a merry Dream Tour!


***

↓こちらの企画に参加させて頂きました!

 お初にお目にかかる方も多いと思います。ニイノミと申します。
 先日の #逆噴射小説大賞2019 よりこのnoteの地に降り立った新参者でございます。私には小説が分かりませんが、小説が好きなので、小説を書いてみたいと思っています。
 桃之字さんとの不思議な縁ゆえ、このような素敵な企画に参加させていただく機会を与えて頂き感謝しております。まさかのクリスマスイブ担当ということで、今までの参加者の皆さんの作品のレベルに圧し潰されつつ、自分が書きたいものを貫き通せたかなと思っております。
 バイオレンスなサンタさんパルプがたくさん登場してきたなか、正統派を守り切りました(本当か?)

 さて、『 #パルプアドベントカレンダー2019  』と題しまして、せっかくの季節行事でございますので、稚拙の続編という形でなにか世界を膨らませられればと思い、このような形になった次第です。
 この物語の世界は、切手の絵柄による連想から成り立つものです。長編小説というよりも短編集みたいな形で、これからもいろいろな切手の世界を私なりの解釈で描いていければと思っております。

 クリスマスと言えばグリーティングカードが送られあう行事のひとつですね。文房具店や雑貨屋に並ぶグリーティングカードが季節や行事によって色合いを変えていくのを見るのは、いとをかし、というやつです。
 そしてまた、カードと同時に切手も、装い新しく素敵な柄が発売されます。今年の冬のグリーティング切手はこちら

 私自身も含め、インターネット技術の進歩とスマートフォンの普及により、切手を使う郵便という文化から日々遠くなっていくことを実感しております。
 そんな中、届く「手紙」に込められた想いを、切手がほんの少し彩ってくれる。この「ほんの少し」を皆さんにわくわくしてもらえるような、そんな温かみのある短編集にしていければなと思っています。これから少しずつ少しずつ投稿していきたいです。


 これはあとがきか?


 さて、主催も申しておりましたが、『アドベント/降誕祭』とは本来クリスマス(12/25)の4週間前の日曜日からクリスマスイブ(12/24)なのだそうです。
 よって、実は今日でおしまい。ところがこの企画、明日が存在するのです。なんて素敵なクリスマスプレゼントでしょうか!

というわけで、明日は無銘さんの
『通りすがりの魚屋さん外伝【クリスマス特別編&新たなる戦い】』です。

ここ最近はクリスマスにチキンではなくシャケを推奨するトクサツもあるそうですが、シャケは出てきますか?(メリークリスマス!)

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