【ネタバレ注意】20220427「カタシロ」Reply
本文にはセッションのネタバレが含まれます。
未経験の方の閲覧を推奨いたしません。
【何も思い出せないけれど、笑って欲しいと、それだけは覚えている】
【だから俺はあの子にも、──】
○(知らない天井だ)
痛む頭に怠い身体。固いベッドで腰も痛い。
両手首まで拘束されてやがる。俺は精神異常者か何かか。
ぼんやりと天井を眺めていると不意に扉が開く。
入ってきた男は医者のような身形だが。
「やあ。調子はどうかな」
「君は落雷に撃たれて重傷を負ったんだ」
《Intチェック成功》(強い光を浴びた記憶があるが……)
「君の名前は?年齢は。思い出せるかな」
「……何も、思い出せない」
「それは災難だ。検査を行おう、3日ほど入院してもらうことになるが良いかね」
「話をしよう。君の記憶を取り戻す手助けになると良いが」
「おっさんとわくわくトーキングタイムってか」
○【2人の囚人の証言】
「俺は自白するを選ぶね」
「ほう、その理由を教えてもらっても?」
「10年の懲役は流石に長すぎる。1年でも無駄にしたくない……デメリットは最小限であるべきだ」
外来の診察がどうので医者が部屋から去った。
そういや手枷の理由を聞くのを忘れたな。動きにくくて億劫だ。
○それはそうとここは病室、らしいが。
手術室でよく見る、器具が入った銀のトレー。
《Intチェック成功SP》(医療器具ではない)
心電図とかを映し出すありがちなモニター。画面には【97・98】の数値が映し出されている。
《Intチェック成功》(妙だな。今の俺には心電図のケーブルみたいなものは全く接続されていないが)
○「おにいちゃん!」
壁越しに聞こえてくる幼い少女の声。
慌てて周りを見回すも勿論誰も居ない。
「だ、誰だ」
「あたしは『モリヤマ ユキ』てゆーの。8歳だよ!」
どうやら暇でしょうがないらしく話し相手になってくれと言われる。
「おにいちゃんの名前は?何歳なの?」
「悪いが俺は自分のことが何一つ分からないんだ」
「へえ!」
話を聞くにユキの父親はここの病院の医者らしい。
ユキは一年前に事故に遭って、ここでずっと入院しているのだとか。
突如襲い来る眠気に、俺の意識はいとも呆気なく落ちていく。
微睡に沈む傍で、ユキの「おやすみ」が小さく響いた。
○ゲーミング病室
起きると嫌に視界がチラつく。貧血の時のアレに近い。
身体の怠さは僅かに回復したものの、これはまた頭を病みそうな……。
「やあ。具合はどうかな」
「誰だお前」
「昨日の医者だが。どうした、調子が悪いのか」
「身体の怠さは取れたが……なんだ、この砂嵐みたいな視界は……」
「ふむ。この件については今日の夜に検査をしよう」
○わくわくトーキングタイム2日目【テセウスの船】
「俺はその船は『元とは異なる船』だと思うね」
「成程?」
「そのボーダーラインは決めちゃいないが、全てのパーツが『置き換わった』となると──いくら思い出が染み付いていようと元の船と同じとは流石に言い難いだろう」
「……そうか」
「手術も無事終わり身体の方は大きな問題はなさそうだな。この拘束は外させてもらうよ」
「では私はまた外来の対応に向かおう」
「ちょっと待て」
「……?何かな」
「さっきあんたは『手術が終わった』と言ったな」
「【俺の身体には手術痕らしきものはなかった】が。どこをどう手術したってんだ?」
「──」
「君は記憶もまだ混濁しているし医学の知識もないだろうが──それは酷いものだった。だが」
「こうして見事に回復したのだ。良かったじゃないか」
この男をこれ以上問い詰めても、今日は何も出てこないだろう。
○動けるようになったことだし。
こういうのって、探索行動が大事っていうしな。主人公ならまずはどうする?
部屋に設置されていた引き出しを開けてみる。
中から出てきた十数枚分の資料に書かれていたのは、何人もの名前と、その横に2種類の『適性率』のパーセンテージ。
《目星チェック成功SP》(資料の最後に何やら書いてある)
何やら機械が動いている。生温かい風が機械から吐き出されている。
《Intチェック失敗》(機械のことは良く分からん……)
○「おにいちゃあん」
「調子はどう?おにいちゃん」
「かくかくしかじか。一進一退ってやつか。記憶も未だ無い」
「そうなの!でもちゃんとお喋りできてるの、うれしいな!」
「あのねぇ。今までの人ってみんな、2日目になるとお話できなくなるんだぁ。『あー』とか『うー』とか、言うんだよ」
「でもおにいちゃん、大丈夫だよ!おとうさんはすごいお医者さんなの。きっとおにいちゃんも元気になるよ!絶対!」
俺の入院が明日までということを話すと、ユキは寂しそうな口調に変わる。
相当酷い事故だったのだろう。ベッドから動けず、目も見えないという。
こうして話し相手になってくれる俺みたいな存在が物珍しいらしく、純朴な態度で懐いてくるユキに、俺は次第に心が開かれていく感覚だった。
「おにいちゃん、退院する前に会いに来てくれないかなあ」
「元気になったら一緒に遊びに行きたい……遊園地!遊園地に行きたい!おとうさんと、おにいちゃんと、3人でね……」
《Intチェック失敗》(再び猛烈な眠気に襲われる)
崩れ落ちるようにベッドに横たわった俺の意識を、ユキの「おやすみ」が撫でていく。
○新しい朝がきた
昨日とは打って変わって視界がクリアだ。身体の調子も大分良い。
入院も今日を乗り越えれば終わりだ。記憶さえ元通りになれば万々歳なんだけどな。
「やあ。具合はどうかな」
○わくわくトーキングタイム3日目【臓器くじ】
「俺はこのくじを行うことを『是』とする」
「……そうか」
「このくじで『君がアタリを引いたとしても』かね?」
「『俺』なら、そう答える。人道に反した功利主義で悪かったな」
「──それが君の答えなら、それで良い」
ところで俺の記憶の件はどうすんだ、と聞くと、もう一晩寝て起きれば良くなっているだろうといとも楽観的に答えやがる。
「じゃあ私はこれで。外来の時間だ」
○「ちょっと待て」
隣の病室に少女の患者がいることを問う。医者は否定せず素直に肯定した。
「あの子、父親が医者だと言っていた。あんたのことか」
「そうだ。私の可愛い娘だ」
【ヵワィィ ムス〆】
「この2日間、ユキは俺の話し相手になってくれていた。俺が退院する時に顔を見せると約束したんだが、それは叶うのか」
医者は俺に背を向けたまま、ぼそりと呟く。
「まあ、……良いだろう」
○医者が去ってしばらく後、またユキの声が聞こえてきた。
「明日で退院なんでしょ?さびしくなっちゃうなぁ……」
「明日の帰りにそっちに寄るから。それで良いか?」
「あっ!明日は検査があるから、1日ダメだっておとうさんが言ってた」
(今しかない、ということか)
「……ちょっと待ってな」
俺は立ち上がって病室の扉のノブに手を掛ける。思えばこの病室から出るのは今回が初めてだ。
(鍵でも掛かっていれば──)
呆気なくノブは回ってしまう。
○薄暗い廊下は病院のそれとはかけ離れている。
想像していた「病院の廊下」にしては、廃墟のようにコンクリが剥き出しの光景だった。
俺は一歩踏み出した足を止め、辺りを見回す。
己の中の危険を知らせるサインが胸を騒がせる。俺は病室内に放置されていた【工具のトレー】からプラスドライバーを手に、部屋から外へと出た。
壁に手を添えてしばらく歩くも、一向に「扉」に触れない。
(おかしい。ユキの声は確かに壁の向こうから聞こえてきたはずだった)
視界の奥にぼんやりと光る何かを見る。最早手掛かりは「そこ」しかなかった。
光に向かって歩いていくと、その明かりの近くに一台のベッドが置かれている。
(野晒しにも程があるだろう)
──人の姿があった。俺はその顔を見て己の目をごしごしと腕で擦る。また視界がチラついたのか。そうであって欲しかった。
何故なら、そのベッドに横たわっていたのは【俺】だったのだから。
「なんだ、これ、夢か」
数歩後退りして、今しがた目の前に広がった信じ難い光景を振り払うように首を振る。
その瞬間、目蓋を強く閉じて俯いた俺の近くで、聞こえちゃならないはずの声が聞こえた。
○「おにいちゃん」
(人の──気配は──なかったはずだ)
(ユキは──怪我をして──動けない、はずだ)
淡く光が揺れる方に、俺は目を向ける。目を、向けてしまった。
《SANチェック失敗》1D10=2(75→73)
「う、ぐ」
培養器官に脳がひとつ浮かんでいる。内部を満たした液体が光に照らされてぼんやりと緑色に揺れていた。
機械の底から伸びた粗末なコード。その先端に繋がれた公衆電話の受話器。
「ユキ」の声は、確かにそこから聞こえてきた。
俺は口元を強く手で押さえる。極力今は何も言いたくなかった。
出て来ようともがいていたのは悲鳴の類ではなく、「何故」という疑問の言葉だ。だがそれらの何もかもを「ユキ」に聞かせるべきではないと──何ひとつ思い出せちゃいない俺の中の何かがそう叫んでいた。
「ごめんね、おにいちゃん。びっくりしちゃったよね」
猿轡のように己の手を口に食い込ませたまま、俺は強く首を横に振る。
(ユキには見えていないのに、無駄な事を)
「事故から何も分からなくて……もしかしてどこか変かな?汚くなってたりして……ねえおにいちゃん?」
「ユキ」
「おとうさん!」
俺が「ユキ」に気を取られている間に、すぐ側に医者が立っていた。
「おとうさん、あのね、おにいちゃんとね!元気になったら遊園地に行こうって……おとうさんも一緒にね、プゥさん乗るの!」
「でもおにいちゃん、会いに来てくれてから何もしゃべってくれないの。おとうさん、あたしやっぱりどこか変だったのかなあ……」
「そうか」
培養器に手を添えて「ユキ」に言葉をかける医者が、徐に指先でスイッチのような突起に触れる。
「ユキ、お父さんは今からこの人と大切な話があるんだ。少し眠っていてくれるね」
電気が落ち、内部の様子が暗がりで見えなくなった。「ユキ」の声もそれっきりだ。
俺は口から手を外し、堪えていた呼吸を取り戻すために細長く息を吐き出した。
○真相
「あんたに聞きたいことは山ほどある」
培養器に目線を投げたままの医者に、俺は吐きつけるように言った。
「【俺(これ)】、何だ?」
「これは君の元の身体だ。そして今の君の身体は、機械で出来ている」
「ユキからどこまで聞いている?」
俺は思い返す。1年前に事故に遭ったこと。それからずっと病室で動けないままだということ。目が見えなくて、でも自分の父は凄い医者だからきっと治してくれると信じていること。
ユキとは随分たくさん言葉を交わしたと思っていたが、結局彼女について知っていたのはこれっぽっちだった。
医者は語った。事故で酷く損傷した己の娘に身体を与えるため、この男は機械の身体を造った。しかしその機械の身体とユキの脳が適合するには余りにも時間が経っていた。
しかし諦めきれなかった医者は代わりの素体を手に入れるため、多くの被検体でユキの脳との適性率をみていたという。
俺は手にしていたプラスドライバーを握り締めた。
「私が君の脳を機械の身体に移植したのは、適性率が段違いの数値だったからだ。そして」
医者は俺の「身体」を指差して言う。
「ユキの脳と、君の素体の適性率は非常に高い」
(あのモニタの数値か)
何もかもが理論的に繋がっていく。この医者も、俺が理解に達したことに気付いていることだろう。
次に俺が口を開くまで、そう時間は掛からなかった。
「使えばいい。俺の身体を、ユキのために」
+++
医者は「君の荷物から出てきたものだ」と言って、一枚の写真を手渡してきた。
そこには今より少し若い俺と──母親が写っていた。
聞き覚えのない筈なのにやけに懐かしい声が、ふと脳内で響く。
「母さん」
俺はこの時ようやく、忘れちゃいけない一番大切な人のことを思い出す。
(合理的な考えしか出来ない詰まらない人間かと思えば……)
(全部、全部、理由があったからじゃないか)
俺は医者に向かって声を張り上げる。
「あんたは俺の命を救ってくれた」
それが自分の娘の為の大き過ぎるエゴだったとしても、だ。
「だから俺はあんたにその恩を返すよ。それで良いだろ」
今はもう機械だらけになった身体に、ほんの少し「人間くささ」を刻みつける足掻きかもしれない。
最後の最後に「恩返し」などという、己の感情ましましのカッコつけた台詞を言い放って、俺はどこかスッキリした気分でいた。
「有難う」
医者は俺の額に手を当てて穏やかに呟く。
幾度目かになる沈むような睡魔に誘われて、俺はその微睡の奥で「おやすみ」を聞いた気がした。
だがその声は「ユキ」のものじゃない。
「あんたたち、やっぱり『親子』だな」
俺は手の中の宝物をくしゃりと握りしめた。
>
○太賀 恭一郎 男 19歳(たが きょういちろう)
>Thank you for inviting me!!
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