ころころネメシスとキラキラメインフレーム
ほかほか白い湯気をあげて、ころころと転がるORB(オーブ)、のような、ソレ。
無数のほかほかオーブが沈んでいるのは、熱を帯びた鉄の中。ガーディアンアバターが奏でるレクイエムの代わりに、とても香ばしくて食欲をそそる香りが漂う。
そのオーブ、みたいなたこ焼きを、器用に2本の針でひっくり返していくルナ・ノーヴァの手元を、「いつちょっかいを出してやろうか」虎視眈々と狙うグラーヴェ・ノーヴァ。
陽が沈むのが少し早くなった秋口。エアコンの暖房の効きが少し悪い部屋。だけどこたつがあるからへっちゃら。
「ねえ、ブリランテはなんて言ってたの?」
「あ?なんの話」
「今日のたこ焼きパーティーのこと、お姉ちゃんたち2人に伝えてくれるって言ってたよね?」
「は?!ルナがメールしたんじゃないの?!」
「してないよ!グラーヴェが忘れてたんでしょ!」
大学で帰りが遅い2人のためにこっそり準備していた食事会のはずが、当の本人に連絡がいっていないというのだから本末転倒だ。
たこ焼き返しをグラーヴェに押し付けたルナは急いでスマホを手に取り、姉であるディアナに電話をかける。
ぶつぶつ文句を言うグラーヴェが慣れない手つきでたこ焼きをつついていく。ひっくり返すのが遅れたたこ焼きが、ブスブス言いながら焦げ臭い匂いを放ちはじめた。
***
「あれ?ルナ?」
『お姉ちゃん!今どこ?!授業終わった?!あとどれくらいで帰ってくるの?!』
「今最後の講義が終わったところよ。これからブリランテと待ち合わせて買い物に…」
『だめだめ!買い物なし!ブリランテ連れてすぐ帰ってきて!』
「どうしたの?今日はグラーヴェたちとご飯でしょ。具材がないとお鍋できないわよ」
『大丈夫だから、とにかく帰ってき…ちょっとグラーヴェなにしてんの?!真っ黒じゃん!』
(電話口から『ネメシスの襲来だー!!』というグラーヴェの叫び声が聞こえる)
「えっ?ちょっとルナ?どうし…あっ!…切れちゃった」
スマートフォンの画面に浮かぶ「ルナ」の表示を見つめながら、ディアナは話の道筋を整理する。
妹はとても慌てた様子で電話をかけてきて、いつもより早口でまくしたてるような物言いだった。普段から前のめり的なところもあるけど、グラーヴェに比べれば突拍子も無いことはしない。
でもそんなに気がつく方じゃ無い妹が、鍋の材料の買い出しに行ってくれた…?どういう風の吹き回しだろう。
でも1番気になるのは、「真っ黒じゃん」という言葉…万が一にも買い出しをしてくれて先に料理の準備をしてくれているとして、真っ黒…火事?!
ディアナは手に提げていた鞄を肩に掛け踏み切る。
洋菓子屋でケーキを用意してくれているブリランテと、商店街の出口で待ち合わせをしているから、まずは大急ぎでブリランテを拾ってから家に帰らないと。
夕陽を背に走るディアナの影が伸びて、忙しなく動いている。
『今日も一日お疲れ様でした ○○商店街』の看板がかかったアーチの下で、洋菓子屋の名前が入った白い箱を手にして立っているブリランテを見つけると、ディアナは右手を大きく振りながら「ブリランテ!」と叫んだ。
声に反応し振り返ったブリランテの目に飛び込んできたのは、勢い余って思い切り転ぶディアナ・プリメーラの姿。
***
「まあ…慣れない料理で焦がしたというのは推測できるが、火事には至ってないだろう。その証拠に、お前たちの家の方角には黒い狼煙は上がっていない」
冷静に状況を把握し適切な言葉を使って、ブリランテはディアナを一旦落ち着かせることに成功した。
目の前で盛大に転んだディアナは左膝を擦りむいてしまったようで、ストッキングに大きな穴が出来てしまっている。しょんぼりと肩を落とすディアナだったが、ふとブリランテの持つ箱に目を留めた。
「ケーキ、どうもありがとう。残っていたかしら?」
「心配ない。目当てのホールケーキは昨日のうちに予約をしておいた」
「そこまでしてくれてたの。助かったわ」
「余計かとは思ったが、つい興が乗っていくつか追加してしまった」
「ブリランテあなた、ケーキそんなに好きだったかしら」
「この身体になってから余分なエネルギーほど美味なことに気付いてしまってな」
「まあ…わかるわ。深夜に無性に食べたくなるラーメン…二徹目のエナジードリンク…」
「…大学生活、十二分に謳歌しているようだな」
話しながらだと、あっという間に時間が過ぎる。いつもは少し寂しい帰り道が、物凄く早く感じてしまう。
ディアナとルナの住む家にたどり着いた2人は、美味しそうな匂いが漂っていることに気づいた。だがこの匂いはディアナが予想していた鍋の匂いではなく、なにか焼き物のような。
そして同時に、わいわいと賑やかしいルナとグラーヴェの声。「どうやら一難去ったようじゃないか」と、ブリランテはその堅い表情を少し緩めた。
***
鍵を開けて家に入ると、こたつを挟んでなにやら言い合いをしている2人。
「ああもう!お姉ちゃんたち遅い!グラーヴェのせいだよ!私悪くない!」
「なに言ってんだルナ!オマエだってばくばく食べてただろ!」
「それはグラーヴェが焦がしたやつ、お姉ちゃんたちに食べさせられないと思って!」
「オマエばっか食べてズルイからアタシも食べてやったんだよ!」
「グラーヴェ、他所の家で大騒ぎするな」
「うっさいなァ…」
「ルナ?怪我はしてない?」
「私は大丈夫だけど…ってお姉ちゃんなに足どうしたの?!血が出てるよ!」
「えっ?あっ!忘れてたわ!大丈夫よルナこれは、気にしなくても…」
ブリランテはケーキの箱を素知らぬ顔で冷蔵庫にしまい、ジャケットを脱いでこたつに足を滑らせる。「ひゃッッこい!!やめろ!侵略反対!!」と叫ぶグラーヴェの反抗を物ともせず、こたつでぽかぽかと温かいグラーヴェの頬で自分の手の暖をとりはじめた。
一方ディアナの怪我を目ざとく見つけたルナが、救急箱を持ち出してくる。大丈夫と処置を拒むディアナを無理やり座らせ、てきぱきと消毒薬を患部に塗布しはじめた。独特の痛みに「ひっ」と声をあげるディアナ。
「そう言えば、夕食を用意してくれていたんだってな?」
ブリランテの問いに、グラーヴェがサッと目を逸らす。
動きを止めたルナの顔を、心配そうにのぞきこむディアナ。
食材の空袋で散らかった台所。タネを入れていたであろうボウルは空。こたつの上に設置されたたこ焼き機の中には、ひとつもたこ焼きが残ってない。
「つまり、すべて2人で食べきってしまいました、と」
「…」
言葉を詰まらせる妹たちの気まずい空気を払ったのは、ブリランテ本人だった。
「まあいい、腹一杯になったお前たちにはもう必要ないかもしれんが、冷蔵庫の中に入った甘味で我々も腹を満たすとしよう」
「えっ?!ブリランテなにオマエケーキ買ってきてくれたの?!」
「お姉ちゃんほんと?!」
「ほんとよ」
猫のようにこたつから飛び出たグラーヴェが猛スピードで冷蔵庫のドアを開け、中から白い箱を取り出し嬉々とした笑顔を浮かべた。
箱の中身をルナと2人で見ながら、「なにこれすっげー入ってるじゃん!」と歓喜のステップを踏んでいる。
「ブリランテ、冷蔵庫の余り物でよければなにか軽く作るわ」
「そうか?まあ、今夜は一杯やるつもりだったからな。助かる」
「ふふっ、流石にケーキは、酒の肴にならないものね」
こたつの上に広げられたのは、黒焦げネメシスに覆われたオーブの代わりに、メインフレーム中枢の神々しい輝きにもよく似た煌めきを放つケーキたち。
そのケーキにも負けないくらい幸せそうな笑顔を浮かべる妹たちを見つめながら、ディアナとブリランテは安堵する。
願わくば、これからも。
Happy end,
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