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窓側席のプチ・ソルシエール
今日のグリーン席争奪戦には無事勝利した。
座席をすこし倒して一息ついたところで、ぞくぞくと席が埋まっていく。あっという間に、車内は家族連れや旅行客の賑やかな談笑と、サラリーマンが駅弁をあけるあの独特なにおいで満たされた。
数駅過ぎたところで、父親とその娘であろう少女が席を探して通路を歩いてきた。だが辺りを見回しても座席は満席で、父親がやっと見つけた一人分の座席に娘を座らせようとしていたところだった。
『大丈夫、お父さんも座れるよ』
少女はニコニコと笑って、通路に立つ父親に話しかける。
だが少女の隣には大きなバッグを足元に置いた客が腕を組んで眠りこけており、ここ数駅で降りる気配は感じられない。
電車のスピードが落ち、次の停車駅のホームが見えてきたところで、少女の足元で『コツンコツン』となにか固いものが床を叩くような音がした。
その瞬間、少女の隣に座っていた客が目を覚まし、荷物を抱え慌てて降車していったのだ。
父親は少女の隣の席を無事確保し、二人はゆったりと座席に背を預けられたようだった。
その後も奇妙な『コツンコツン』は何度か聞こえてきた。
車内販売をしにきた客室乗務員が、少女の呼び掛けに気付かず通り過ぎかけたとき。
父親がトイレに行こうとして、トイレ使用中のランプに気付いて焦った表情を見せたとき。
事故の関係で運行に遅れが生じますとアナウンスされ、まわりの乗客がざわめき始めたとき。
必ず少女の足元から『コツンコツン』と音が聞こえ、不便が解消されたのだった。
親子は普通の外見で、父親はスマートフォンを見つめており、少女は座席のテーブルに飲み物やお菓子を広げて楽しそうに笑っている。
だがその少女に似合わない『竹箒』が、傍らに置かれていたことに気付いた。
『…魔女みたい』
聞こえるか聞こえないかの声で呟いた言葉に、少女はパッと顔をあげてこちらを見た。
そしてニッコリと笑うと、箒の柄で『コツンコツン』と床を鳴らす。
(つづく/スペース抜き799字)