Neurotoxine
【グラブル二次創作】【ベリジタ】【のようなベリ←ジタ】
自分が侵されていることなんてとっくに理解している。
己という生き物は、どうしようもないほどに「学習する」能力を持ってしまっていたのだ。
夢の中に堕天司が現れるようになって幾度目か。
己の造り出した造形が次第にその力を顕にしていくのを楽しそうに見ながら鈍色の鎌を指でなぞるその男のことを考えながら、私はぼんやりと宙を見つめていた。
真剣にやらないとまた形が崩れるぞ、などと笑う。視界を遮ろうとひらひらと手を振る仕草も、特に目に入らない。
ただあの時自分が考えていたのは、如何にして「この男と同じ空間に存在できる時間を長続きさせられるか」、それだけだった。
彼は気紛れな男だった。
いつも不意に現れては、思慮も及ばない言葉を暗号のように並べ、嘘も真実もごちゃ混ぜにした台詞を蛇のように連ね、聞く者すべての頭を掻き乱して去っていく。
『狡知』を司るのだというこの男は酷く頭が回るのだろう。私が彼に出会うたびに頭だけでなく心もぐちゃぐちゃに乱されていることに、きっと、気付いていないわけがない。
興味ありげにじろじろと嘗めるように見たかと思えば、ふいと視線を逸らして二言目には『ファーさん』である。男かも女かも知れないその名前に、心の皮を裏返されているかのような猛烈な不安に駆られていることも。全部、ぜんぶ、解っている。
それでもなお、「特異点のすべてを識るには未だ足りない」と言わんばかりに、彼はーーー『べリアルという男』はーーー
『特異点』と、
私の名前を『呼』ばずに『喚』ぶのだ。
「…慣れない力の使いかたと素材回収で疲れたのか?」
反応を示さない私に興が削がれたのか、彼は眉を上げて溜め息を吐いた。
咄嗟に私は視線を戻す。首を横に振って否定を示す。私は酷く焦っていた。
「本来、身体機能を回復させるための睡眠で、オレがこうやって意識を使わせていることは、脳に負担を与えていることに間違いはない。簡単に言えば…寝ていたとしても疲労が満足に回復できていないんだ」
「大丈夫。私はもともと眠りが浅いから…少しくらい疲れがとれなくたって大したことない」
「蒼の少女が代わりに眠ってくれているのか?」
「そう…みたい」
素材を一つずつ消費して、鎌に力を込める。淡い紫色の光を帯びて素材が吸収されていく。
自分の手をこれに重ねたらどうなるのだろう。手を出すのはよせと払われるだろうか。一緒にヤるかい?などと握り締めてくれるだろうか。
運悪く彼の力に取り込まれて鎌の一部に成れたりなどしないだろうか。運悪く。…そう、運悪く。
伸ばそうとした手を握り締めることで誤魔化し、私は再び目線を彼と鎌から外した。もうすぐ終わる。
彼はまた私に必要なものを挙げて姿を消す。私は目を覚ます。朝を迎える。つかえるような胸の痛みを覚えて、込み上げる嘔吐感を枕元の屑籠に叩き付けてから、遅れて溢れ出した涙を流しきる…彼と出会う夢を見た翌日はいつもこうだ。
寝具脇に転がった鎌を掴んで、眩しすぎる陽の下へ駆け出し、なにも考えずひたすら彼に求められたモノを回収しなければならない。
この『サイス・オブ・ベリアル』は最早私には、己を鍛える手段としての「武器」ではなく、彼と夢の中で逢い引きをするための「口実」でしかなかった。
「ねぇ、ベリアル」
私は星晶獣の輝きの欠片の最後のひとつを握り締めて口を開いた。
「この鎌が完成したら、…貴方は…」
この先がいつも言えず、堪らなくなって目を閉じる。欠片を手から零れ落とすと、間も無く光に包まれて消え去ってしまう。
意識が遠退いていく。
最後まで彼は言葉の続きを絶対に聞いてこようとはしなかった。
陽の光に揺り起こされ、いつものようにえずきながら痛む胸元を抑えたところでふと気が付いた。今日は涙が出ていない。
枕元に横たわった彼の作品を指で撫でると、途端に頭が澄んでいく。靄を晴らした思いが、言葉となって具体性を増していく。
私を介抱していたジャンヌが言うには、その時不意に私の口から漏れた言葉の内容とは裏腹に、私の表情はとても満たされたような笑顔だったのだそうだ。
『目を覚まさなければ、ずっと夢で逢えるよね』
***
嘘でもいい 絶やさないで
「エーテル」- 藍月なくる
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