『女性映画監督第一号』(仮)準備稿 その2
『女性映画監督第一号』(仮)
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作:鈴木アツト
2024年9月15日版 準備稿
※戯曲の内容は、公演時には変わる可能性があります。
登場人物
〇坂根田鶴子(女) この場面では38歳
〇制作部長(男)
○登美島福子(女) 映画編集者 この場面では22歳
○包琳琳(女) 映画編集助手 この場面では22歳
第10場 満映の撮影所
一九四二年(昭和十七年)。二月。満映(満洲映画協会)の撮影所。各施設を説明している制作部長。すぐ横で聞いている、旅行鞄を持った坂根(38歳)。
制作部長 もとは一面、野っ原だったんですよ、ここは。本当に何にもなかった。ですが、二年前の甘粕新理事長の就任に合わせて、東洋一の広さを持つ映画撮影所を新設したというわけです。セットステージなんて一つ約百坪。それが六つもあるんです。
坂根 一つ百坪が六つも?
制作部長 そうです、六つもです! 言ったでしょ? 東洋一だって。常時、劇映画、文化映画とジャンルを問わず、制作されてますよ。なんたって今年は満洲建国十周年ですからね。国を挙げてのお祭りの真っ最中。撮らなきゃいけないもの、たくさんありますから!
坂根 フィルムもたくさんあるんですか?
制作部長 ありますよそりゃ、撮影所ですから。ドイツのアグファのものを直輸入してます。
坂根 、、、(驚きの表情)
制作部長 なるほど、驚くのも無理はない。内地では情報局の統制が始まり、フィルムは配給制になったと聞きますからね。
坂根 そうなんです。検閲も規制も厳しくなっていて、映画製作はどんどん委縮していってるんです。
制作部長 安心してください。ここ満洲は違います。検閲が無いと言ったら嘘になるが、内地と比べたら空が飛べるほど自由だ。予算は潤沢だし、機材だっていい物が揃ってる。ここに無いのは「新しい才能」だけなんです。
制作部長、坂根の目を見据え、
制作部長 嬉しいです。あなたのような方が、自らこの満映に飛び込んで来てくださった。
坂根 そんな。
制作部長 お世辞で言ってるわけじゃないんです。見ましたよ、あなたが溝口健二の下(もと)から離れて監督された『アイヌ・北の同胞』。
坂根 え?
制作部長 流氷の鳴る音が響く真冬の北海道を舞台に、アイヌの若者たちが近代化していく姿を撮った、いい作品でした。アイヌの老人たちの伝統的な生活もちゃんと捉えながら、若者たちが新しい世界へ、大日本帝国の世界へと、踏み出していく様を、アイヌ特有の情感を潜ませて描くことに成功してた。私はあれを作った才能が、満洲の広大な大地で、どんな作品を撮るのかと思うと、期待で胸が震えていたところなんです。
坂根 どちらでご覧になったんですか?
制作部長 この満映で。
坂根 え? どうやって?
制作部長 (得意げに)新理事長の方針でね、ここの社員は、世界中の映画を見られるようになってるんです。
坂根 世界中? 日本映画だけじゃなく?
制作部長 (笑って)はい。上海映画、フランス映画、ドイツ映画だけじゃなく、(小声で)アメリカ映画だって見られるんです。(元の声で)社員の知的水準を上げ、五族協和の理想を体現する会社となるようにってね。
坂根 驚きました。アメリカ映画が見られるところがまだあるなんて。
制作部長 ですから、遠慮なく才能を振るってください!
登美島の声 坂根さん?
坂根 え?
三つ程のフィルム缶を持った、映画編集の登美島福子(22歳)と、編集助手の包琳琳(22歳)が現れる。彼女たちは、試写室から編集室まで、フィルムを返却しに戻るところ。
登美島 坂根さんですよね? どうしてここに?
坂根 、、、(誰だかわからない)
登美島 (近寄って来て)登美島です。登美島福子。
坂根 、、、(誰だかわからない)
登美島 覚えてないですか? ああ、あっ!(泣く真似をする)えーん、えーん。
坂根 え? あ、泣き虫福ちゃん?
福島 はい!
坂根 ええ?! あなたこそ、どうしてここに?
制作部長 え? 二人は知り合い?
登美島 坂根さんは私の先生です! 最初に入った映画会社で、編集のいろはを教えてくれたのは坂根さんなんです。
坂根 (制作部長に)はい、あの頃、溝口先生の下で助監をしながら編集もしてたので。(登美島に)それにしてもあなた、大きくなったわねえ?
登美島 だってあれ、『祇園の姉妹』の時でしたよね? 私まだ十五でしたもん。
坂根 十五?! 意地悪な先輩にいじめられてよくわんわん泣いてて、、、
登美島 (隣の包を気にして、慌てて遮り)やめてくださいよ。坂根さんだって、溝口監督に編集をこき下ろされて、涙溜めてたじゃないですか。
坂根 私は大人だったから、声に出すのはぐっと耐えてた。一緒にしないで。
登美島 私だって、今はどんなに理不尽なこと言われても泣かないようになりましたから!
と言って、坂根と登美島は、懐かしさに思わず笑う。
坂根 あらためてよろしくお願いします。(手を差し出す)
登美島 (握手して)こちらこそ、よろしくお願いします。そうそう、包(ホウ)さんを坂根さんに紹介するわ。こちら、包琳琳(ホウ・リンリン)さん。包さんは、中国の方で、今、私の下で編集助手として働いてるんです。
包、頭を下げる。
坂根 福ちゃんの助手?
登美島 (得意げに)はい! (包に)こちら、坂根田鶴子先生。日本映画界で初めての女性映画監督。そして、私の編集の先生。包さんから見た大先生だわ。
包 よろしくお願いいたします、大先生。
登美島 包さんはとっても日本語上手なのよ。
包 まだまだ勉強中ですが。
坂根 こちらこそ来たばかりなので、いろいろ教えてください。
制作部長 挨拶はそれぐらいにして、君たち仕事中なんじゃないのか?
登美島 あ、そうでした。では、坂根さん、また!
登美島と包、編集室へ。
制作部長 懐かしい再会でしたね。
坂根 はい、こんなところで再会するなんて。本当に人の縁って不思議。
制作部長 坂根さんに教わった登美島さんが、今度は包さんに教える。こうやって、「新しい才能」が育っていくんですなあ。そうそう、あの包さん。彼女は今は編集助手なんですが、本来は脚本家志望なんですよ。
坂根 脚本家。
制作部長 うちとしても、中国人の脚本家、監督を育てたいですからね。彼女には頑張ってもらいたいなあ。そして、もしかしたら満洲国最初の女性映画監督になったりして。
坂根 そうなったら素晴らしいですね。
制作部長 我ら満映の使命は、満人・中国人に見せる映画を作ることですから。早く彼らの感性を取り込まねば。
坂根 中国人の社員は多いんですか?
制作部長 千人の社員の内、四割が中国人です。
坂根 それはすごい。
制作部長 新理事長は、給与改革も推し進めましてね。中国人の給料も、日本人と全く同じというわけにはいかないが、かなり近いところまで上がりました。同じ仕事をしているのに、給料に差がついてるというのもおかしな話ですからね。これで、日本人と中国人が分け隔てなく活躍できるというわけです。では、次に行きましょう。
制作部長、歩き出す。
制作部長 ほら、あの建物は何だと思います? 五百人収容の映画館なんですよ。
転換。