『これは何だ？』～自然は教材にあふれてる！～
まずは、じっくりと本稿トップの写真をご覧いただきたい。スマホであればピンチアウトで画面を拡大するのもいいかも知れません。
これは、８月６日に白金台の国立科学博物館附属自然教育園で撮影したもので、園路の脇の低木、地上１メートル位の所に引っかかっていた甲虫の遺骸である。
一枚だけでは情報不足なので、もう一枚別角度の写真を掲載しておく。
私は、これを見た瞬間、何故かジブリ映画の一場面、腐海の森で朽ちていく蟲の骸をイメージしてしまった。昆虫の死骸だろ、と言ってしまえばそれまでだが、マンションの共用廊下や、ベランダ、地面に落ちていることのあるカナブンなどとは明らかに違っている。とても不思議で好奇心をそそられる現場（？）だ……
そこで、はじめに『不思議』と感じた理由、あるいは、この遺骸の特徴を整理しておくと――
① 何で翅を広げているのか？
② 何でこんな所に引っかかっているのか？
③ 胸部と腹部は残っているが、頭部は一部を残して欠落しているようだ。
④ 堅い外骨格・肢を残して内部は空洞である。
しばらく見ていて、すぐに頭に浮かんでくるのは、（子供の）悪戯か？という推測だ――地面に落ちていた甲虫の遺骸を拾って、前翅を広げ、まるで飛んでいるような姿にして木の枝に引っ掛けた？——。
……どうも手が込んでいる、手間がかかりすぎているし、悪戯だったら人に気付いてもらうためにもっと目立つところにディスプレーするのではないか？問題の現場は、園路の袋小路のような場所にあって、あまり人が近付くところではない。たまたま私が気付いたのは、それこそ何か珍しい昆虫はいないか、と隅々まで見ないと気が済まない性質だったからだ。
これは、どうやら自然現象としてシャーロック・ホームズ張りに推理を働かせてみるのも一興である。
となると、そもそもこの甲虫は何か？種の同定ということになるのかも知れないが、遺骸の状態からして、頭部がないし、脱色している可能性もあり、専門家ではない私にはいささか荷が重い。大きさと形状からしてカナブンかコガネムシの仲間だと思うが、全く別の意外な甲虫の可能性もあり、こっち方面の推理は潔く（？）パスすることにする。問題は、推理の眼目は、この甲虫に何が起きたか、にある。
私が、第一に注目したのは、頭部の『欠落』である。しつこいようだが、『脱落』ではない。この遺骸もいずれバラバラに分解してしまうのであろうが、頭部だけ一早くスパっと何かで断ち切ったかのように欠落しているのは何故か？——いささか大胆ではあるが、鳥に食われたのではなかろうか？
だとすると……
【第１段階】この甲虫は、今ある現場の遥か上、大きなケヤキの木にとまっているところをヒヨドリなどの野鳥に襲われ争ううちに頭部を失った。
【第２段階】そのまま、落下し低木の小枝にひっかかった。写真を見ても分かるとおり、甲虫は肢で枝をつかんでいない。自分で飛んできて小枝にとまったのではなく、あくまで肢で引っかかっているだけだ。頭部を失ってもなおしばらくは翅をばたつかせていたかも知れないが、やがて動きを止める。
【第３段階】鳥が落ちていった甲虫を追ったとは考えにくく、ここから先は別の生物による食物連鎖が始まる。まずはシオヤアブの登場だ。シオヤアブは、良く発達した眼を使って空中を飛んでいる昆虫に襲い掛かり、その口吻を突き刺して体液を吸う獰猛なハンターであり、今回は瀕死の甲虫を襲ったのである。シオヤアブは堅い外骨格をまとったコガネムシにも襲い掛かることが知られている。
参考までに、私が撮影した『アオスジアゲハを捕食するシオヤアブ』を掲載しておく（興味のある方は、随想自然第１話『アゲハを狩るアブ』～食物連鎖と自然への感謝～をご覧くださいhttps://note.com/atsushi_tt/n/ne391e03694d8?magazine_key=md81ffe185b9c）。
シオヤアブ
【第４段階】食物連鎖の最後に登場するのは何と言ってもアリだ。森の掃除屋は様々いるが、オオヒラタシデムシのような地上徘徊性の昆虫は木の上まで上がってこない。アリの働きで、甲虫は堅い外骨格・肢を残してその内部は空洞となった……
いささか大胆な（飛躍した？）推理だったかも知れないが、日頃から自然を観察する癖をつけていると、時として「何だこれ？」という不思議なもの、変わった物事に出会うことがある。そこを探求することは、ちょっとした知的な冒険であり、頭の体操だ。教科書などなくても、自然は教材に溢れており、子供が考える力を身に付けるには、文字通りうってつけのフィールドなのである。
昆虫の世界を見ていると、人間の社会が見えてくる。まさに、昆虫すごいぜ……おっと、これは某人気テレビ番組のパクリだ……「昆虫アッパレ！」とでも言っておこうか。
【以上、『随想自然』第12話】
（インスタグラムhttps://www.instagram.com/angelwingsessay2015/で、主に東京都心で見れる自然の写真を紹介しています。）