突破力、浮揚力、持続力(36)
プロジェクトマネージャーを務めていると、チームがどんな力を保持すべきか考えます。1つ1つのタスクを遂行できる専門性や経験はもちろん必要なのですが、それだけでプロジェクトは完遂できるわけではありません。
私は、プロジェクトを推進する、つまり、プロジェクトは「推し進める」ものと考えています。その推進力の中身を見てみようと思います。
突破力
コンサルティング、ITエンジニアの世界でも、「突破力がある」と表現がよく使われます。概ね「複雑で大変な仕事を実力で前に進める」「実力でチームを引っ張り困難な状況を打開する」ことをするとう意味で使われます。「実力で」とわざわざ書いたのは、「突破力」は、一般的水準を超える力量を持った個人、チームの活躍を指して言うことが多く、個人の力量に負うところが多いと感じるためです。
課題のないプロジェクトはありません。課題の発生頻度やその難易度はプロジェクトによってまちまちですが、プロジェクトの遂行を阻害する事象、課題には必ず直面します。課題対応が長期化すると、メンバーはプロジェクトが前に進む感覚を感じにくくなります。こんな時、プロジェクトメンバーは手を抜いているわけではありません。むしろ、全力を尽くしています。全力を尽くしても前に進む感覚が持てないことで、焦りも出てきますし、焦りは心理的な安定と冷静な思考を削ります。
プロジェクトが止まりかねないような大きな課題が発生した時や予想外のトラブルが発生した時は、いくら調査しても影響範囲や復旧方法が見つからず、トラブルの原因工程に戻って手戻り作業を行うことになりますが、多くのケースではリカバリのためにエース級を投入せざるを得ず、ここの復旧に時間が止まると、他メンバーの仕事が停滞し、プロジェクトに疲労感が漂います。
こういう場面で突破口を開くのは個の力や小チームの力だったりします。この局面では、打開策を導出する論理性も大切ですが、困難な場面における論理は複雑かつ未知であることも多く、諦めずに打開策を試し続ける粘り強さが不可欠です。問題が解決するという活躍は誰の目にも明らかで、突破した人は称賛の的になります。
浮揚力
プロジェクトは計画したら、そのまま完遂に向けて動いていくわけではありません。プロジェクト計画は、プロジェクトが離陸して、巡航速度に乗った状態を前提に建てられています。巡航速度までできるだけ早く到達し、その後もそれ維持することが重要で、そのためには必要になるのが浮揚力です。プロジェクトを巡航速度まで浮揚させ、巡航速度に乗った後も高度を維持するための手立て総体が浮揚力です。浮揚力というのは、一般的な表現ではありませんが、突破力とはまた違う、プロジェクトの運営能力です。
例えば、プロジェクトの立上りではメンバー同士がお互いでかみ合わないことが多く発生します。ゴールイメージが微妙に違う、進め方が微妙に違う、同じ言葉で違うことを意味している(組織特有の方言はよくあります)、こんな状況では投入した時間や集中力とアウトプットが比例しません。こんなことがしばらく続くとプロジェクトは停滞感に包まれます。これを回避する1つの方法は、チームビルドを行うための期間と企画を事前に準備することにあります。主要メンバーでキックオフを行う、着手前に作業のゴールや進め方を丹念に確認する、ということが含まれます。
このように、浮揚力のあるプロジェクトの特徴は困難に対して先手が打たれていることです。トラブルになった時にはそれを解決する余力があり、想定外の事象が発生した時でも進捗を犠牲にすることなく対応を進めます。つねにリスクを想定し、状況をモニターすることで、問題が本格化する予兆のうちに対策を取ることができます。突破力が発揮されている時のようなショーマンシップはありませんが、スコアラーやアナリストの仕事の重要性は論を待ちません。
持続力
一般的にプロジェクトは関与する人数や関係者数によって規模が定義づけされます。何百人も関わり数年続くようなプロジェクトを徐々に巡航速度に引き上げ、更に速度を上げて、品質、コスト、スケジュールを高いレベルで実現する、そんな「推進力がある」プロジェクトでは、打開力と浮揚力に加えて、持続力が必要です。
1つ1つのタスクを遂行する際、細やかな対応によって少しずつ少しずつ余力を生み出します。そして、課題が発生した際や大きなリスクを抑え込むために、その余力を投入します。順調な時ほど、余力は作りやすいものですので、順調な時(平時)の姿勢が問われます。
習得するには
突破力は短距離走です。1つには、先達や専門家を知恵を借りて高度な経験知を動員しプロジェクトに適用する能力、もう1つ、経験知が動員できない場面においては、試行錯誤や事実の観察によって、状況を的確に把握し、原因を分析し、取り除くまでのスピード感のある思考力、説明能力、実行力。そして、突破できたときのゴールをイメージし、そこへの最短ルートを切り開く集中力とひらめき(をもたらす経験の幅)、そこに到達するまであきらめない粘り強さ、楽しく周囲を巻き込める明るさが必要です。そして、こうした力を磨くには、トラブルに飛び込む経験、困難な局面を打開する経験をすることが一番の近道だと思います。自分を追い込んでスピード感のある学習方法を獲得したり、短期前提でストレス環境に慣れることを通じて、ある種のゲーム感覚が生まれてくるように思います。
浮揚力にとっても経験が重要なことは言うまでもありませんが、それに加えて冷静な観察力と影響力を持つことが必要になります。プロジェクト進捗を見て次の展開、勝負のヤマを見極める、苦しいチームにはペースダウンのタイミングを作ることも必要ですし、チームの現在の能力、成長性と成長速度、リーダー陣の得手不得手、人間関係というようなチームコンディションに応じた打ち手も必要です。これらに気づくためには、論理的な思考や足元のタスクから距離を置きつつも、周囲をぼんやりと見回して、何らかの違和感を感じとったり、リスクの予兆を感じとることは、巡航速度に影響するポイントをを掴む大きなヒントになります。そして、このような空気を掴むような話に対して、感覚を向けて、思考を巡らせるためには、日常の思考ノイズから自分を切り離すスキルとそれができるコンディションを維持する必要があります。更に、そのポイントを見極めたうえで対策を取るには、プロジェクト内外を動かす影響力を育てる必要があります。
突破力、推進力と持続力は、高いプロジェクト品質の実現には必要不可欠でお互いがお互いを必要とします。突破力は動的な要素が強く、浮揚力は静的な要素が強く、持続力が突破力や浮揚力につながる余力を作ります。突破力がなければ巡航速度が下がることは止められないですし、更に巡航速度を認識するには浮揚力の感覚が必要です。そして、巡航速度を維持し、更に加速するためには常に余力を作り出し続けねばなりません。