八月二十一日・二十二日@京都

八月二十一日

お昼から大学時代リサーチアシスタントとして働いていたラボで、研究のお話を聞いてもらえることになったので、京都に行くことにする。

スライドは名古屋でお話ししたものを短くしただけなので、すでに作ってあったが話の流れが不安だったので、朝からスタバに行って再度確認する。阪急の烏丸駅近くのスタバは駅から少し離れているためかいつ行っても満員ではないので作業しやすい。

名古屋のときのほうがもっとフォーマルな感じで、今日は全員なじみの、なんなら十年来の付き合いの先輩方に来てもらうので、あまり凝り固まった感じではないようにする。元々ダメな学生だったので、いっぱい突っ込まれてもへこみもしないし、むしろありがたい(本当はへこんだ方がいいのだろうが)。

大学に行くと、いつも通り研究室では先輩と後輩が実験の準備などをしている。なんだかいいなと思う。自分も同じような環境にいるわけだが、自分の場合はあまり共同して作業すると言うよりは、どうしても個人作業という感じがしてしまう。もっと気軽に助けを求めればいいのだろうけれど。

四時になったので発表させてもらう。イントロからがんがん止められていっぱい質問をもらう。変な話だが、今いるラボよりこの界隈の人のほうが一番自分の中で納得できるコメントやアドバイスをもらえている気がして、今いるところ本当によかったのかどうかわからなくなる。自分の研究を論文にまとめる上で売り出しポイントがよくわからなかったが、ちょっと形になりそうな着目点があったので、本当に今回の発表の場には感謝。

私の発表の後、他のラボの先輩(といってももう大学の先生)が最近やっている研究を聞かせてもらう。面白かったのだが、私はなんだか気の利いたコメントもアドバイスもできなくて、学部時代から何も変わってないんじゃという気すらしてくる。

夜は久しぶりになじみの焼き鳥屋さんに言って終電まで飲み明かす。前に今の大学の先生が、「日本という国は好きだし長期で住んでみたいが、正直研究の意見を遠慮なく言える人が限られていて(つまり自分が外国人だからか教授だからか気を遣われてしまうので)、研究の場という意味では魅力を感じにくい」と言っていて、私も確かにそうだなぁ(例えば自分の日本の指導教員の先生には思ったことをそのまま伝えづらかったなど)と思っていた。しかしながらヨーロッパであっても日本で会っても、研究のことを本当に遠慮なく言ってくれる関係は、意外と貴重なのかもしれない。ということを今日の発表のコメントや飲み会での雑談を通して感じた夜であった。

八月二十二日

今日は今回の帰国で最後の京都(と思ったがそうでもないと後で気づく)。午前中に移動して、大学時代によく通ったビィヤントというカレー屋さんに行く。

いつも混んでいるが遅めに行ったので空いていた。扉を開けるといつものお姉さんとお兄さん(夫婦なのかなぁ)が出迎えてくれる。ビィヤントといえばもう一人いるおばさんがいるが、遅すぎたせいかいなかった。年にもう一度ぐらいしか行かないけど、まだ覚えててくれて、カレーを食べながら留学の話などする。

その後は寺町二条に移動して髪の毛を切ってもらう。最近伸ばしているのであんまり切るところもないが、ちょっと整えてもらう。この美容院にも通い始めて十年ほどになる。夫婦でやっている美容室だが、その間に二人のお子さんに恵まれて楽しい生活を送っておられるようである。

その後、前に友達と高島市に行ったときに名刺を見つけて気になっていたたま茶というハーブティーのお店に行く。大宮中立売の近くで行きにくいところであるが、今日は時間がある。

よくある町屋を改装したようなお店であり、中に入るとハーブティーと雑貨が少し置いてある。ハーブのことを色々教えてもらったがあまりに種類が多くてよくわからなかったので、結局出来合いの三種類セットを二つ買う。

夕方は元職場の先輩が始めた本屋さんでトークショーがあったので久々にお邪魔する。トークはあけびの籠の本の出版記念で、一時間ぐらいの著者と編集者の対談。その後は、店主とビールを奢っていただいて閉店後の店内でしゃべり続ける。左京区界隈のこと、お店のことなど。今はアカデミアにいて、その分野での思考を鍛えてるつもりなんだけど、未来を考えたり語ったりしてワクワクするのは、こうやって自分のビジネスを始めている人たちだ。

京都は生まれた土地でも育った土地でもないよそ者だけど、一番帰る場所がある。そういう場所を守っている人々を尊敬するし、自分もいつかそのような場所を作れたらなぁと思った。