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#41 兼業生活「わたしのちっちゃい関心ごとを、社会にひらく」〜丸山里美さんのお話(4)

「わからなさ」を引きずって、見えてくるもの

室谷 貧困の捉え方に関するジェンダーバイアスのお話で、ヨーロッパでは剥奪指標の質問の仕方にフェミニストから異論が出たというのが、とても興味深いです。

調査って、「問い」の設定によってデータが大きく変わりますよね。日本では世帯主の多くが男性であるのに、世帯単位で貧困を捉えるというジェンダーバイアスが長らく放置されてきた。そこに先生が切り込んでおられるのは、フェミニズム研究の理論を学んでこられたから。いろんな場面で、知識をつけながら問いを変えていくって、すごく大事なことだなと思いました。

丸山 私は基本的に、ちっちゃいことにしか関心が向かないんですよ。いま試みているのも、貧困状態の方への家計調査とインタビューというすごくミクロな調査手法で。でも、それが自分の貢献できるやり方だと思っています。ちっちゃいところから始めても、それをどうやって社会全体に関わる視点に広げていくか。それが重要だというのは、大学院で学ぶなかで意識するようになりました。

ただ、ミクロな調査手法について学生に教えるのは、難しいです。社会学には大きくわけて量的調査と質的調査があって、私たちがやっている質的調査は、どうしても少数の事例しか扱えません。そうすると、「あなたが調べているのは、一つの事例だけじゃないですか」「どれだけ一般性があるのか」ということを、しょっちゅう言われるんですね。そこにどう答えていくか。そういうふうに言われないような問いをどう立てるかというのは、学生たちとよく議論します。

室谷 個人の感じ方や問題意識をどうやって社会につなげていくかって、いろんな場面で悩むところだと思います。そのことを学生さんと論じるときに、丸山先生はどういうスタンスでお話しなさるんですか。

丸山 質的調査をやっていて一番問題になるのは、「客観性がない」ことです。「それはあなたの個人的な見方にすぎないんじゃないか」という言い方をよくされますね。でも、私はそもそも学問の世界で客観的なものなんておそらくないと思っています。質的調査はもちろん、量的調査であってもデータの取り方を見ると客観的とは言えない面がいろいろとあります。ここを突き詰めようとすると、社会科学の大きな話になってしまうんですけど……。

学生たちをはじめ、世の中には「社会科学たるもの、客観的であらねばならない」という素朴な客観主義みたいなものを信じている人はそこそこいるんです。でも私個人としては、人間が調査をする以上、客観性はどこまでいっても担保できないと考えています。

でも、だからこそ、個人の関心事を主観で終わらせずに社会の問題にしていくためには、どういう問いを立てるのかが重要だと思っています。学生にはいつも、「あなたのやろうとしていることが、先行研究の中で一体どういう意味を持つのか。それをしっかり説明できるなら、事例の数が少なくても、主観的な関心事から出発しても、ぜんぜん構わない」と言っています。

室谷 いま頭に浮かんだのが、丸山先生の共著である『質的社会調査の方法 他者の合理性の理解社会学』です。この本はどの項からもたくさんの学びを得たのですが、とくに「調査者の属性」について先生がお書きになってるところが好きで。

フィールドでのふるまい方は変えることができても、調査者の人種や年齢、性別、見た目、性格などの属性は、簡単には変えることができません。飲酒や喫煙などの習慣も、なかなか変えがたいものでしょう。これらの多様な属性はさまざまに組み合わさり、さまざまな力関係をともなってフィールドであらわれてきますが、それは普段私たちがつくりあげているいる人間関係と変わるところはありません。私たちはそうした多様な属性を引き受けた生身の身体を使って、調査をするしかないのです。

『質的社会調査の方法 他者の合理性の理解社会学』p68 「chapter1 フィールドワーク」より

室谷 自分のなかで、すごく腑に落ちました。インタビューの仕事をしながら、どうしても主観が出てしまうとか、癖を直せないことに悩んだ時期があるんです。もっと正しいやり方があるんじゃないか、どうすれば相手とまっさらに向き合えるかということを考えたけど、答えが出なかったんですよね。

でもこの文章を読んで、インタビュアーも生身の人間なんだから、主観があるのは当たり前のことだなっていうのを、認めたというか、いい意味で諦めることができたというか。これはきっと、先生のフィールドワークの経験から出た、実感のこもった言葉なんだろうなと思いました。

丸山 ありがとうございます。多分ね、私はインタビューや調査がすごくへたなんですよ。

室谷 えっ……。

丸山 少なくとも自分では、人の話を聞くのがうまくないと思っていて。もっと上手にできる人はいっぱいいると思うんです。でも、そういうのは本当に癖みたいなもので、努力しても変えられなかったりしますよね。

振り返ってみると、それはそれでいいところもあるんです。私はものわかりが悪くて、話を聞いてもいわゆる本質みたいなものをパッと捉えることがなかなかできません。要領が悪くて、時間かかる。そういう点で、もっと優れた研究者はいますよね。一方で、ものわかりが悪いからこそ、わかるまで時間をかけて取り組めるとも言えて。「わからない」ということを引きずりながら長期間調査をすることが、私は結構得意なんだなと、だんだん思うようになりました。

これは性格とか、いろんなものが反映された私なりのスタイルなんだと思うんです。私は「自分には調査能力が全然ないんじゃないか」ってうじうじするところから大学院をスタートしたけれど(1回目参照)、ここまで何とかやって来られたので……。みんなそうやって自分の属性や個性を生かしながら、それぞれのやり方を続けていけば、その人なりに見えるものがあると思うんですよね。

室谷 女性ホームレスの聞き取り調査の現場に長くいたのは、「楽しかった」というのもあるんでしょうか?

丸山 それはそうです。楽しかったのと、あとはやっぱり「わからなかったから」っていうのが大きいですね。とにかくわからなかったですよね。女性ホームレスの人たちに話を聞いても、腑に落ちなくて。でも長く関わるからこそ見えてくるものってあるので。最初にわかっちゃったら、多分現場に行かなくなっちゃうんですよね。だからそういう意味では、ものわかりが悪いのもいいことあるんだな、みたいなね。

室谷 逆に言うと、「わかった」と思ってすぐに問いを止めてしまうのって、チャンスを失ってるかもしれないですね。他者との関わりの中で。

丸山 ええ。本当にそうだと思います。

(取材を終えて)
丸山先生のご著書を読むと、学問の世界でも、他者と出会っていくことは重要なんだと感じます。丸山先生の研究にはたくさんの他者が存在していて、だからこそ社会に大きくひらかれている。異なる世界にいる私にも届く。それはすごいことだと思います。
先生が「わからなさ」を引きずりながら、時間をかけて調査してきたこと。そこからしか見えないものがあるとおっしゃったのが、すごく印象的でした。
お忙しいなか、時間をとっていただいた丸山先生にお礼申し上げます。また、先生を紹介してくださったつくろい東京ファンドの佐々木大志郎さんにも、この場を借りて感謝いたします。

(この回はこれで終わりです)

※写真はすべてこのインタビューに出てくる写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです。

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