大好きだから、ついてくる
今から40年近く前、社会人になったばかりのこと。
大好きな男性の先輩がいた。
アドバイスが的確で、いろいろな人から悩みごと相談を受けていた。
結婚して2年ほど経っていたが、優しくフェミニストで
女子社員の中で人気があったのだ。
家が同じ方向だったこともあって、残業などの帰りに一緒に帰った。
ある飲み会の帰りのこと、駅に向かう夜道を2人で歩いていた。
11月の満月の夜だった。
「今日は、月が綺麗ですね」
と、新入社員の私は何気なく先輩に言った。
「え?」
先輩は一瞬大きく目を見開くと、数秒間の沈黙ののち
「そうだね」
と言って
何気ないおしゃべりをしながら帰ったのだ。
『月が綺麗ですね』 は
『あなたを愛している』という意味があるという。
友人からそう聞いたのは、1年以上あとだった。
おもわずその場でしゃがみ込みそうになった。
先輩は私の常識の無さに気がついたのか、
それとも愛の告白を華麗にスルーしたのか、
今となってはわからない。
おさないころ、お月様はいつも自分のあとをついてくるのが不思議だった。
電車に乗って月を見ていた。
月はちゃんとついてきて
「お月様って動くのが早いんだなぁ」と思った私。
その後小学生になって、親に買ってもらった本におあつらえ向きのQ&Aがあった。
「なぜだろうなぜかしら」というようなタイトルの本だった気がする。
質問:なぜお月様はぼくのあとをついてくるの
答え:すごく遠くにあるからです
そう説明されても、私にとってお月様は友達で、あとをついてくるのが当たり前だった。
本の知識と、自分の実感が見事に分かれていたのだ。
おとといは月食だった。
職場から自宅に帰る橋の上で欠け始めている月が見えた。
隠れた部分が真っ黒ではなく
いかにもそこにいますよとばかりに赤黒く、月の全体像がわかる。
さりげない自己主張。
誰かのエッセイにこんな一節があった。
こども「なぜおつきさまはぼくのあとをついてくるの」
おかあさん「あなたのことがすきだからよ」
こういう答えは、子供の心を柔らかく、まあるくする。
さすがに現在の私は月がついてくる理由を知っている。
けれど・・・・・こころのどこかで
私のことが大好きだからついてくる
…と思っている。
きれいな月は大人の心も柔らかくする。