<第45話>外務省をぶっ壊す!~私、美賀市議会議員選挙に出ます!~
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この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
<第45話>
静かな場所が良いだろうと、桃が丘公園にやってきた。
美賀市の山間にある波上という地域に波上ダムを造る事になり、波上に先祖代々住んで来た人々が立ち退いた後の移転先として造成された住宅団地の一角にある公園である。
一家族が遊びに来れば子供を見失う心配もない位のこじんまりした広さでちょうど良い。
滑り台もブランコもなく、ロングベンチ2台があるだけ、眼下に美賀市街地が一望出来る穴場だ。
ここなら青堅寺湖で張っていた野鳥の会会員オマワリも来ないだろう。
2人してベンチの端と端に座る。
大輔はもう泣き止んでいた。
25歳の青年が私のようなオバハンに促されてこんな場所まで着いて来たのだから腹を括っているに違いない。
こちらも相当の覚悟を持って受け止めなければならない。
「あ、あの・・中山さんは研修から帰ってないという事ですが」
「研修というのもオヤジが家を出る口実で、そんなものはないんです」
「あ、そうですか・・」
やはり中山は何らかの意図をもって出て行ったのだ。
そして「1907イイネ」は自首だったという事だ。
あえて自分から井戸の話しは出さない。
奴は美賀市民でもなく、あんなDV男がどうなろうと私の知った事ではないからだ。
たぶん、大輔もそうだろう。
ただ、真相が知りたい!のだ。
私の胸に好奇心を越えた何かが芽生えていた。
「2月の始めにオヤジと話しをしました。内容は言えません」
「はぁ。」
「それから、マチルダさんもご存知かと思いますが、父は船盛議員に接近するようになって」
「ああ、実都子さんから聞きました。外国党の代表の動画も見てくれてたとか・・」
「ええそうです。そしたら、徐々にというか急にというか辻崎さんに意地悪し出して。娘の陽子は俺の幼馴染だし、止めてくれてって言ったんだけど、全然聞いてくれなくて。俺の事も無視するようになって・・・」
堰を切ったように大輔が喋り出した。
「そうだったんですか。」
実都子はどこまで知っていたのか?
夫の辻崎虐めに気を揉みながら、私に息子の自慢をし、夫は家族思いで仕事熱心、正義感も強いと信じて疑わずに生きてきたのだろうか。
否、中山はそう信じ込ませるに十分な夫を必死に演じていたのだろう。
例え、中山が人の道に反する事をやらかしていたとしても、それはちょっぴり羨ましくもある。
「何も言えないまま、ただオヤジがいない時は、俺も一応、店を継ぐつもりだし、オフクロに言われて手伝ってたんです」
「この公園にも仕事の休憩に来た事があります。下のコンビニで弁当買って、ここで食べたりして。」
こちらが味方だと認識して、大輔はかなり落ち着いたようだった。
「ふーん。景色いいもんね」
もしかして中山も来てたのかも知れない。
そして、市街地を眺めながら、平和な風景、小さく見える車がチョコチョコ動く様、大そうなものは何もない、目立つといえば役所や病院の建物だけだ、そこに出入りする点となった人々の人生に思いを馳せ、何らかの決意を固めたのだ。
「そっかー。」
「お腹すいたね。帰ろうか」と声を掛けた。
辺りも暗くなってきて、家々の部屋や玄関ライトが灯り始めた。
「チラシが、」大輔が再び口を開いた。
「マチルダさんのチラシが、うちにあって、『外務省をぶっ壊す!』の」
「あ~、見て頂いたんですね」
数十秒だろうか数分だろうかしばらく長い沈黙があった。
「オヤジが俺に渡したんです。これ読んどけって。研修に行くと言って家を出た日の朝」
「ええ」興奮を抑えて耳を澄ます。
「そしたら、そのチラシの裏に『友達を守れ!』『母さんを頼む』って書いてあったんです。」
大輔は別人のような低い声を絞り出した。顎を引き、拳を握りしめている。
「ううううううう~。」言葉に詰まる。
「そ、そのチラシ、今もありますか?」
私が見たところでどうにもならないが、その文字には中山の思いと一世一代の決意が込められている筈だ。
私と中山を繋ぐ重要なものだ。
「捨てました」
「・・・・そうなんだ。」
たぶんそれが私のチラシに書かれていた事に意味はない。
その時点では。
たまたまチラシを目にしていて、父として息子に最後にメッセージを伝えたかったのだろう。
「NHKの請求書が来てたんで、一緒に破って捨てました」
大輔があっさりと言った。
後になって「ヤバさ」を感じたのだろう。
「そうなんだ。うん、それが良い。うん、分りました。うん。」
私は吹っ切れた。
1907イイネの事だって誰も知らない。
誰が何を思ったとしても、何も始まってはいない。
風が体をすり抜ける。風も空気も暗闇もただ普通にあるだけ。
お互いに触れてはいけない疑惑を触れてはいけないものとしたまま公園を後にした。
つづく。
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