<第37話>外務省をぶっ壊す!~私、美賀市議会議員選挙に出ます!~
月曜日~金曜日更新
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
<第37話>
「カンピア美賀」は、バブル時代の負の遺産だ。
元は全国厚生年金施設だったが不採算で現在は第3セクターの事業となっている。
以前は二階にセルフサービスの食堂があって、休日には家族連れ、老若男女が集い、皆、自宅のように寝転がっていた。
そこには古き良き昭和が残っていたのだが今は閉鎖されてしまっている。
天然温泉の入浴施設だけが生き残り、隣接する高級レストランに来る人は限られていた。
私はそんな所へ行くのが好きだ。
なんせ、美賀市議を目指している身であり、ひょんな事から国政選挙にも出る身であり、現地視察は重要な任務だ。
フロアに活気も賑わいもない。
時代遅れな土産物たちがどれもホコリを被って放置されているのに対して
ご当地ミティーちゃんのキーホルダーだけが真新しく光っている。
コイン式マッサージ機が最後に作動したのはいつだろう?
自動ドアがウィーンと左右に開き、見覚えのある女が入ってきた。
たかゑだ!
受付には最早、呼び鈴しか置いてない。
ディスプレイスタンドの後ろに身を隠して様子を伺う。
私とたかゑの間で「婆ちゃん、田楽ご膳」と腰の曲がったお婆さんが言うと、「僕、ステーキ丼!」と孫が言う。
全部支払うのは、たぶん家族の後ろについて最後に店内に入る寡黙なお爺さんだ。
たかゑは周りを警戒するでもなく堂々と、台に積まれた消費期限の怪しいクッキーの箱の横に同じ高さになるだけカルレのパンフを積んでいる。
「置き逃げか!」
2500円の定食を食べに来る家族をターゲットにしている。
その目の付け所、商魂の逞しさには恐れ入る。
「おい!不法投棄は禁止ですよ!」と叫んだ。
一瞬飛び上がったかと思うほど、肩をビクっとさせて、たかゑがキョロキョロ辺りを見回している。
「こんにちは」
改めて後ろに回って声を掛けた。
多少は罪の意識があったのか、私の顔を見て安堵の表情を見せた。
「あ、どうも。」とそつなく返事をするも、右手に持ったパンフは私に渡す動作になっている。
お互いに金欠という状況が自然に2人を外での立ち話に向かわせる。
トボトボ歩きながら私は辻崎につれなくされた事や野鳥の会会員オマワリに嗅ぎ回られた一連の出来事を愚痴った。
「だって誰かが行方不明になると青堅寺湖に沈んでないか調べるのが慣習らしいよ。この辺じゃ」
たかゑが意外な言葉を発した。
「え、何で私がダム湖に行ってたの知ってるの?」
心底疑問だ。
「デヘへ」
はっきり「デヘヘ」と発声するのは何か含みがある証拠だ。
「え?え?どういう事?」
思わずたかゑの腕をつかんで揺さぶる。
「え、えまー。警察も事件に飢えてるかな~って思って」
「はぁ?あんた、井戸がいなくなった事をわざわざ警察に言いに行ったの?」
「ううん、ただ警察の福利厚生に良いかなってパンフを持っていっただけよ」
「ウソ仰い!」
まるでマンガだ。
「メンズのパンツが売り出されたからって、警察署に営業に行く?」
「まさか!止まってたパトカーの警官に声を掛けただけよ」
「で、セールスアプローチに誰も捜索願を出さない井戸の失踪をわざわざ教えたの?」
時に人は突拍子もない事をする。
なんでわざわざやっと厄介払い出来た嫌われ者のために「寝た子を起こす」のか?
「で?」
「い、いや~・・・。井戸さんが行方不明になってからマチルダさんが大きなコンテナバッグを引きずってたなって・・」
「ポスティングするチラシが4万枚もあるのよ!大きな袋がいるに決まってるじゃん」
「あくまで世間話よ。世間話」
「警察はそうは取らないから!」
「で、もっと聞きたそうな顔してたから・・・。主婦なのに夜中にダム湖に行ったりしてるみたいって」
「は?私は政見放送を静かな場所で考えたかっただけよ!トランペットの練習しにくる人だっているんだから!」
だんだん怖くなってきた。
冤罪の犯罪の捏造工程の真っただ中に突き落とされてる気分だ。
しかも、かなり話しを盛っている。
「枝を切るにしては大きすぎるノコギリだったな~って」
「ちょ、待ってよ!それじゃ私が井戸を殺してノコギリでバラバラにしてダム湖に夜中に捨てに行ったみたいじゃないの!?」
これがセールス一本で喰っていける女の手腕か!
福利厚生も糞もない、個人的に警官との距離を詰めて人間関係を構築し、ゆくゆくは自分の固定客にするために私を出汁にしたのだ。
もちろん井戸の事なんか微塵も心配していない。
「世間話よ。世間話。」
たかゑの目はギンギンに笑っている。
警官は事件に飢えてるんじゃない。
報告書に書くネタに飢えているのだ。
嫌な予感しかしない。
退屈な野鳥の会会員オマワリはやがて私の足取りを追う。
そしてホームセンターの防犯カメラに映る私の姿を確認するだろう。
コンテナバッグ、ビニール袋と軍手、のこぎりとガムテープと入浴剤、洗濯用芳香剤まで購入する私の姿を。
「ただ洗濯機もデカイな~って、一人暮らしなのに。」
「は?大は小を兼ねるのよ!デカイ方が安い場合だってあるんだから!ちょちょ、ちょっと待ってよ。マジで!」
これでは、同じバラバラ殺人にしても、切断した部位を洗濯機に放り込んで血抜き洗浄して脱水までする猟奇殺人パターンの奴じゃないか!
もし警察が図書館で私が借りた本を調べれば、オカルト本の貸出履歴が出てきてしまう!
尋問されれば、ホームセンターで買ったものを効率的に使う知識がスラスラ出てしまう。
しかも猟奇殺人のページには私の指紋がべったり残っている。
それだけじゃない。
完全犯罪のページには私の唾液だって。
たかゑに対する怒りより、形容しがたい恐怖に襲われてきた。
三重県警は刑事の直感が当てにならない事をちゃんと学習しているのだろうか?
というか、あいつ何課なんだ?
そんな事どうでもいい。3000万の弁償はどうなる?
パニックで視界がグラングランする。
「・・・もう結構です」
虫の息でそう言った気がする。
風が亡霊のように立ち尽くす私の体をすり抜ける。
「大丈夫だよ、きっと~~~!」と何が大丈夫なのか分らないが、嬉々としてたかゑは自分の乗ってきた車で颯爽と去って行った。
私を財政破綻した施設の前に置き去りにして。
つづく。
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