映画『家へ帰ろう』見せすぎないことのリアルさ
アルゼンチンに住む老紳士アブラハムは、ホロコーストを生き延びたユダヤ人だ。88歳になり老人施設へ入れられることになった前夜、自分の仕立てたスーツをポーランドの友へ届けたい、と長年の想いを実現することに決めた。足をひきずりながらアルゼンチンからヨーロッパへ旅をする。
横浜のシネマジャック&ベティで観た。わたしが観た回も平日昼間の回も満席のようで補助席が出ていた。
この作品の魅力のひとつは、ビビッドな色のぱりっとしたスーツを着こなす88歳の仕立て屋アブラハムだ。経由地のひとつであるマドリードで出会う女性も皺が深く、美しく、他人に媚びない。ホロコーストの悲劇を描く作品は多いが、こう美しい老人たちを映すものはあまり観たことがなく、見惚れていた。
あれだけの迫害である。知らない人はいない。迫害を受けた人の心と体から、その記憶が消えるはずがない。そのことを本当にうまく映画にしてある。
シンプルなストーリーの中に、腕に入れられた囚人番号のように消えない恐怖が見え隠れする。戦後、家族を作り上げてきたアブラハムの心の奥底にある、絶対に消えない恐怖と屈辱と悲しみが、明るいスーツと時にはさまれるユーモアの波間にふっと浮かぶことが、この作品の厚みになっているし、魅力なのだ。
で、正直に言うと、時々戦争モノに激しく疲れる時がある。アホだと思われたくないのであまり言わないことにしているんだけど。悲劇は疲れる。
この作品はそんなわたしのハートを掴んだ不思議な魅力のある映画なので、おやと思った人が周りにいたらわたしは迷わず観てと声をかけるだろう。ネタバレせずにもっとうまく感想が書けたらいいのにと悔しい。
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