高橋メアリージュンが必要だ
考えないようにしようと思っていた。書き起こすと、気色の悪い思い出は記憶違いの可能性を無くして、真実としてピン留めされてしまう。それはぜったいに記憶違いではなかったけれど。
本屋・生活綴方が今年の五月に出した『文集・先生』を読むと、思い出が蘇ってしまった。(『文集・先生』自体はおもしろい一冊です)
中学に入ってすぐ、私は担任のY先生にロックオンされた。事あるごとにわたしにニコニコと笑いかける。わたしに冗談をとばす。わたしに気を配ってくれる。
おまけに、Y先生が顧問をつとめる運動部に誘ってくれたのだ。
わたしは不思議に思った。
小学生のころから、運動は不得意だ。進学してすぐに運動部にスカウトされるような申し送りが、されているはずはない。
Y先生が生活指導を担当していて、校内で最悪といっていいほどの暴力と威圧的な行動で生徒を服従させていることを、わたしは知ることになる。
アメフト選手だったというY先生は背が高く、肩幅が広く、手足が長い。その長い足で、いつも貧乏ゆすりをしていた。舌打ちをする手前の顔をして。反抗的な男子生徒は殴られ、鼓膜を破られた同級生もいた。顧問をしていた運動部も、恐怖で支配していた。
そんな先生がデレデレと目じりを下げる相手が、わたしだった。教室内のとまどいの空気が居心地悪かった。それに、暴力をふるう大柄の男に好かれて、怖くないわけがない。もちろん、うれしいわけもない。
今でも腹が立っている。どういうつもりで……?
いや、脳内で話しかけたくもない。
入学したばかりの子どもに、ロックオンするな。
師弟としての人間関係ができてから信頼しあうのとは、まったく違う笑顔だった。意味こそわかっていなかったが、大きな違和感を持った当時の自分の直感はすばらしい。もちろん運動部も断った。えらい。
もうすこし年を重ねてから、わたしはある一定の嗜好をもった男性に好かれるのだと理解するようになった。気持ち悪かった。
最近観ているドラマ『アバランチ』に、高橋メアリージュンが特殊部隊経験者として出てくる。今日、彼女の立ち姿を真似てショッピングモールを歩いた。左右をきちんと確認し、胸をはって、戦闘モードで歩く。最高の気分だった。もちろん格闘技はできないし、なにかあったら全力で走って逃げるけど、気持ちはあの強い高橋メアリージュンだ。ぜったいに服従しない高橋メアリージュンだ。あのときのわたしにも、高橋メアリージュンは必要だった。