夫と妻は対等じゃない。そして男性の持つ特権とは?
こんにちは。
最近、男性学や男性性に関する本を読んでいます。
このあたりですね。
本を読んでいて気がついたのですが、異性愛の男性というのはこの世界における特権階級(メジャーな存在であり意見が通りやすい)なんですよね。
それを考えると、妻と自分が対等な立場であるとは言えないと思うんです。
ぼくは以前から、なんとなく「妻を大切に扱いたい。もしくは扱わなければならない。」と思って生きてきたのですが、自分がそう思う理由が少しだけ理解できたような気がします。
今日は、そんなお話です。
男は生きているだけで優遇されている
東京医大が女性の合格者を減らすために、女性の受験者の点数を減点していた事件がありましたよね。
普通に点数をつけると、女性の方が合格率が上がり、女性は離職率が高いので、減点していたとのこと。
おそらく、女性は妊娠出産などで、仕事を辞めざるを得なくなるので、成績が良くても医者にしたくないというのが本音なのだと思います。
この問題って、ジェンダーの問題だけじゃなくて、日本の少子化や子育て支援の脆弱性の問題にもなりますよね。
女性が妊娠出産しても活躍しやすい社会を作るのではなく、女性が社会に出にくくしようとしていたという事件でもあるので。
それを思うと、ぼくら男性というのは、試験の成績が悪くても合格したり、妊娠出産しないというだけで社会で働きやすくなっているということなんですよね。
実際、今まで働いてきた会社の社員をみても、とても優秀な女性社員が妊娠出産でキャリアが中断してしまい、一方でたいした仕事をしていない男性がいつまでも働いているということって、結構多いです。
女性の営業職もほとんどいなかったし。女性は初めから働ける職種が狭いのだということがなんとなく分かってきました。
総合職(判断を要するような責任の大きい業務)と一般職(サポート的な業務)ってありますが、男女雇用機会均等法の施行によって、女性も男性と同等の働く機会を!ということで生まれたそうです。
だけど、総合職と一般職とあらかじめ分けているわけで、均等じゃないんですよね。
確か、この本だったと思いますが、男女雇用”機会”均等法なわけで、男女雇用均等法じゃないんですよね。
当初は「男女雇用均等法」を目指していたのですが、結局、男女が均等に雇用されるのではなく、そういった機会(チャンス)は作りますという、ほぼ形だけの制度になってしまったそうです。
そして、こういった「男性優遇処置」って、当たり前のようにぼくらの生活に根付いているので、なかな気づくことができないんですよね。
東京医大の事件のように、メディアで大きく扱われないと、知ることはないし、知ったとしてもその背景にあるもの(男性の特権性や、それが子育て支援の脆弱さを生み出す装置であること)まで、思いを巡らす人はあまりいないので、問題の深掘りがされないまま風化していきます。
この世界における女性の扱いの酷さ
以前、買い物のためにスーパーに行った妻は、駐車場で「いい車乗ってんな!」と、駐車場にたむろしていたおじさんに、びっくりするような言葉を吐き捨てられました。
たいしていい車ではないのですが、妻の体型と比べて大きな車に見えたようで、そんな言葉を吐いたのだと思います。
これがぼくに対してだったら、おじさんはきっとそんなことを言わなかったはずです。
それから、子どもが生まれる前の話ですが、妻が友人たちとの飲み会で酔っぱらってしまい、駅から電話がかかってきたのですが、終電間際で酔っぱらってフラフラしながら歩いていたので、色んな人間がナンパしてきたようで、かなり心配しました。
「自分より下の相手や弱い存在には、自分の欲望をあらわにしてもいい」
という、醜い感情がかいま見えて、ぼくは気分が悪くなったのをよく覚えています。
野本響子さんがnoteで書かれていましたが、学校での「先輩後輩」といった文化も、こういう人間を作り出す装置になっている気がします。
日本の痴漢の多さも、世界から見たら異常なことのようです。
イギリス政府が発信している、日本向け渡航者への注意が書かれたホームページには、こういった記述があるそうです。
「通勤電車内での女性への不適切な接触、痴漢(原文でもchikanと表記)は頻繁である。」
海外のサイトにここまで書かれると、情けない気持ちにもなってきますが、痴漢が性暴力として認識されづらいのは、異性愛男性の欲望が「特権扱いされてきた」からではないかと、「これからの男たちへ」に書かれています。
痴漢という性暴力から「性」のポイントだけを切り取って、エロネタにしたり、アダルトビデオのジャンルになってしまったり、電車内の広告で性的な表現や写真が多く使われたり、ちょっと前までコンビニの店頭で簡単にポルノ雑誌が買えてしまったり。
ぼくら男性から見たら、当たり前の光景だったわけですが、きっとこれって、「女性の立場を陥れる」ような文化なのだと思います。
その結果、女性を大切に扱わない人間が増えていったんじゃないかと。
これは今から5年前(2015年)のカナダの動画ですが、「男性が当たり前だと思って行っている行為は「犯罪」なんだよ」ということを、上手に伝えています。
元ネタのYoutubeは非公開になっているので、このTweetに埋め込まれた動画しか今は見れないようです。
日本でもこういう動画が作られるようになりました。
この動画を見ると、今まで「女性にとっての性暴力」というのは、当たり前のように社会に存在していて、そこに暴力性があるということに、ぼくら男性は気づこうともしなかったということがよくわかります。
こうやって社会を見渡してみると、この社会って女性にとってすごく生きづらいようにできているんだな、ということがよく分かりますよね。
女性は男性が持つ特権の犠牲になっているなと。それは性の面だけではなく、職場における特権的立場もそうですし、きっとまだ気がつかないだけで、もっとたくさん同じような話があるんだと思います。
3時間睡眠で頑張るバリキャリウーマンがもてはやされたり、このように働く女性の取り上げ方が「仕事、母、妻、これら3役をこなせる女性が素晴らしい」という取り上げ方をいまだにメディアがしたり。
メディア自身は気づいていないのかもしれませんが、こういった取り上げ方が男性の特権意識を助長して、性別によって役割を固定する考えを広めているんですよね。
妻に平等さを期待することの大いなる勘違い
そう考えると、女性としてこの世界を生きる妻に、「自分(夫)と同じ平等性」を期待することって、お門違いだって思えてくるんです。
だって、今まで見てきたように、全然平等じゃないですからね。
このグラフは、女性の家事・育児・介護時間の推移を年代別にグラフ化したものです。(出典:男女共同参画白書)
一番多い緑の線が30代で、次に多い赤い線が40代です。
男性はどうかというと、こちらです。
少ない・・・しかも、時代が変わっても大きく変わっていないのが驚きです。
「男性は仕事で忙しいんだ」という意見もありますが、男女の仕事時間の推移はこちらです。
仕事時間に差があるとはいえ、家事育児時間の男女間の大きな差を、自信を持って説明できるほどではありません。
30代の場合、男性の仕事時間は女性の約2倍ですが、女性の家事育児時間は、男性の5〜6倍もあります。
家庭の外の世界で、女性は男性よりも悪い扱いを受けているというのに、家庭の中でも同じような扱いを受けている。
そう考えると、とても妻に対して、「自分(男)と同じ平等性や対等性」を求めることなんてできなくなります。
妻が社会で酷い扱いを受けているならば、せめて家庭の中だけでも心地良い暮らしを送って欲しい。
ぼくが以前から「妻を大切にしたい」と思ってきた理由は、おそらくこういったところからきていたのだろうなと思うのです。
妊娠や出産は、女性にとって「大きなライフイベント」であると言われてきましたが、今は男性にとってもそうだと、ぼくは三男の育休を経て実感しました。
詳しくはstand.fmでもお話していますので、よろしければこちらもどうぞ。
それでは、また!
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