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長期に行かない人のエスキス学習

はじめに

長期に行かない人の製図試験学習」という記事内でエスキスについて、結論として「出来ることとはプランニング、平面検討の復習です」と書きました。
これは間違いでは無いですしやるべきことではあるのですが、最近幾人かに具体的にアドバイスをしている中で「この学習では意味がない、あるいは出来ない人もいるな」ということに気付きました。
というのも、「プランニング、平面検討」が自主学習で行える受験生は(もっと言えば、その学習で一定の効果が得られる受験生は)既にある程度のエスキス力を持っている必要がある、ということを思い知らされたからです。

長期に行かない人の製図試験学習」を書いた時はその冒頭にも触れている通り、私が担当していた受講生に対してのものであり「ある程度の習熟度」が前提でした。既受験生ならば程度の差こそあれ共有出来る内容だろうと思っていましたが、最近話をする既受験生は例え資格学校に通っていてもそういうレベルに達していない人がいたり、他の資格学校や独学で学習していた人に至っては試験への有効な対応が全く出来ていない(実務の設計が出来るかどうかではなく)人もいました。

この記事ではそのような「ある程度の習熟度」の獲得も含めて既受験生の方が個人で出来るエスキス学習について書いていきたいと思います。

エスキス力とは

まずエスキス力とは何を指すかですが「製図試験に必要な力」にも書いている通り「①読み取り力②情報処理力③プランニング力」と大きく3つに分かれると思います。また「エスキスが苦手な受講生の共通点」で触れているようにエスキスに難がある受講生は「②情報処理力」に問題を抱えていることが多いのですが、この分類や表現はあくまで製図試験を始めて受ける初受験生に向けての説明的ものになります。

既に試験を経験している既受験生向けの、学習という観点から必要な実際的なエスキス力をあらわすと「❶スピード❷正確性❸内容」になると考えられます。この3つのうち2つ(❶、❷)は上記分類の①〜③のそれぞれに必要とされるものです。そして合格不合格に関わらず、受講生のエスキスの問題はこの3つのいずれかに集約されます。また同時に既受験生が自主学習で達成すべき目標として意識するべきものもこの3つになると考えています。

上記で触れた「ある程度の習熟度」とは「❶スピード❷正確性」のある程度の達成であり、最初に触れた「長期に行かない人の製図試験学習」のエスキス学習(「出来ることとはプランニング、平面検討の復習です」)は「❸内容」についてということになります。本試験に合格している人の多くは少なくとも❶、❷に対して当然のことながら一定水準以上をクリアしています。また、真剣に2.5ヶ月学習に取り組んでいたならば不合格になっている人でも半分程度の人は達成出来ていますし、達成出来ていなくともその重要性は認知しているはずです。❸については正直、初受験で「出来ている」と言える人は少数になりますが、だからこそ既受験生の初受験生に対するアドバンテージとして有効な学習になりえるとも言えます。

以下「❶スピード❷正確性❸内容」のそれぞれについて、必要性、達成目標、学習方法等について書きたいと思います。
特にエスキスを苦手として学習の必要性を感じている方は自身の弱点が❶〜❸のいずれに当たるのか意識して読んでもらえればと思います。

❶エスキスのスピード

スピードの必要性は既受験生であるならその習熟度に関係なく理解していると思います。6.5時間という限られた時間の中で全てを完結させるには悠長にエスキスをしている余裕はありません。具体的には(作図スピードにもよりますが)読み取り20〜30分、1/1000までの処理40分〜50分、1/400プラン50分〜70分、合計して2時間〜2.5時間が達成すべき一般的な目標の時間です。もちろんこれより速く仕上げるに越したことはありませんが個人的には課題難易度に関わらず「合格のため」にはこの程度の時間は必要だと思っています(「エスキスとは何か」という記事後半にこの辺のことを詳しく書いています)。

この、エスキスのスピードが無い受講生とはどのような人たちでしょうか。
純粋に2.5時間でおさまらず3時間程度(またはそれ以上)の時間がかかる人ですが、3パタンあって1つ目は「納得するまでエスキスを行うので1/1000終了までに時間がかかる」パタン、2つ目が「時間優先を尊重して納得できないまま1/1000の検討を終えるので1/400に時間がかかる」というパタン、そして3つ目が「1/1000までは概ね問題無いものの1/400に時間がかかる」パタンです。合否関係なく2.5時間以内にエスキスをまとめている受講生でもこの3ついずれかの傾向があると思います。自身の傾向を考えつつ以下の学習法も参考にしてください。

1つ目のパタンに該当する人は基本的にエスキスの手順に関して理解している人が多い印象です。「エスキスが苦手な受講生の共通点」の内容で言えば「情報をちゃんと処理している」し、「情報をちゃんと採用」している人たちです。しかし、時間がかかる。ここに該当する人は単純に言えば「訓練不足」ということになります。手順各段階での目的が曖昧でその達成に時間がかかるのは「同じ思考の流れ=手順」を定着のための必要数だけ繰り返せていない、ということです。当然この定着のための必要数には個人差があるので必然的に初受験の方では間に合わない方も出てきますし結果としてそれが不合格の遠因になった方もおられると思います。ただ、こうした人たちの学習は単純で「通しエスキスを慣れるまで繰り返す」ことに尽きます。このパタンに当たる人は性格的には生真面目な方が多い印象もあります。きちんとやれば結果が出やすいと思います。

2つ目のパタンは基本的にエスキス手順を理解していない(止むを得ず理解するまでに至らなかった)人に見られる傾向です。「エスキスが苦手な受講生の共通点」の内容で言えば「情報を処理しきれていない」「必要な情報を使っていない」人たちです。そのため1/400で「あれこれ考える必要」が生じ、結果時間がかかるということになります。初受験の場合どうしても2.5ヶ月という時間の制約があり、その中で合格することを考えると「エスキスを理解していないことが問題だとは思いつつもその状態のまま時間優先でやるしかない」という状況でこうした受講生が出てきてしまうのは致し方無いと思います(正直指導側の問題だと思いますが)。ただ、「スピード」だけでなく「正確性」「内容」全ての問題を考えても最も「不味い」状態ということは言えると思います(これが出来ている、というものが無い)。
こうした方は初受験時に詰め切ることが出来なかったエスキス各段階の意味、目的の理解、その上でのスピードの習得(通しでの学習)が必要になります。下手に「慣れ」によって「スピード」を達成してしまうと(下記❷正確性に問題がある状態)合否が運に左右されることになりかねません。時間はかかりますがテキストの読み込みから始めるべき状態と言えます。テキストで分かりにくいならばエスキスのコツ〜条件整理・試算①②③(2022版)を読んでもらえれば各段階の目的と思考について詳述しているので参考になるかと思います。

3つ目のパタンはエスキス手順は理解しているものの日常的に設計に関わっていない、あるいは建築業界では無い人に見られる傾向です。つまりプランニングの基本的なルールが自身の中に構築できていない、という人たちです。このパタンの人は個人的感覚ではあまり不合格になる方が少なく、大体において直前期にコツを掴み合格していく方が多い印象です。そのため不合格になっている方は如何にプランニングのコツを掴むのかという学習が必要になります。これは個人の独学では難しい側面もありますが、最近ツイートしていたように「描きやすいプランが出来るまで繰り返しエスキスしてみる」というのは有効な学習です。またその描きやすいプランをつくりあげた描き方を「一般化=ルール化」することでスピードは担保されてくるのでその構築が学習の目標になります。全くとっかかりも分からないという場合にはエスキスのコツ〜平面検討・プランニングを参考にしてもらえれば「プランニングのルール」について学んでもらえると思います。

❷エスキスの正確性

時間については何とかまとめているものの結果的に何かしらのチョンボがある、という方はエスキスに正確性が欠けている、ということになります。
当然正確性に欠けるエスキスを作図しても合格になる可能性は低く如何にチョンボをしないようにする必要性が高いかは言うまでもありません。
この正確性の欠如にも大きく2パタンあって、一つは「読み取りの不備」、もう一つが「手順の不備」です。

読み落としが多い傾向にある方はマーカーが「自動化=重要性に対しての意識が低い」している方が多く、この改善は中々難しいものがあります。これは「読んでいるようで読んでいない」状態のため、チェック自体も抜け落ちる傾向になります。こうした方の学習としては「読み取りについて」に書いたように「課題文の重要項目内容を覚えているか確認する」学習が有効だと思います。本試験含め、何も毎回全ての課題文を覚える必要はありません。ただ、この学習を行うことで重要項目、読み落とししてはいけない項目への意識は必ず変わります。地道で効果も分かりにくい学習になりますが、読み落としは即失格にもつながりかねないミスです。読み取りの不備傾向は課題発表前には潰しておくべき弱点になります。

「手順」に不備がある方は上記「❶エスキスのスピード」内の2つ目のパタンでも少し触れましたが、エスキス手順を理解していない人と同様であると考えられます。一つ違うのはエスキスを時間内におさめている、ということですがこれは言い換えると「割り切ることに優れている」とも言えます。多かれ少なかれ、初受験生にはこの割り切る力は必要になります。ただその割り切った内容が合否に無関係かどうかは運次第、では一夏を学習にかけるにはリスクが高すぎます。割り切るということは曖昧な部分にある決断を下すことですが、本来エスキスの手順、つまりその重要性や必要性を理解していれば割り切る必要はない=決断に必然性があるということになります。エスキスの正確性に難がある方は「❶エスキスのスピード」内の2つ目のパタンと同じですがテキストの読み込みなど地道な学習から始める方が結局は近道になると思われます。
しかし、この「エスキスの正確性」特に「手順の不備」に関しては自身での判断が難しい項目でもあります。具体的に本試験で不出来であった内容がエスキス力と作図力のどちらに起因するのかの判断もつかない方もおられると思います。手順に関して各段階の意味と目的を人に伝えることが出来るか(言語化して書き出せるか)、を一つの判断基準にして不安がある方は復習することをお勧めします(今まで担当してきた既受験生の約半数はこのエスキス「手順」に問題を抱えながらも自分には問題がないと「思い込んでいる」受講生でした)。

なお、最終的に正確性を担保するのは「チェック」になりますが、これは「読み取り」「手順」がきちんと出来ていて初めて意味が出てくる作業になります。「チェック」はミスを発見するためのものではなく、ミスをしていないことの確認作業である、という意識も重要になるので頭の片隅に留めておくようにしてください。

❸エスキスの内容

長期に行かない人の製図試験学習」という記事内で書いた「出来ることとはプランニング、平面検討の復習です」は、まさしくこの「エスキスの内容」を強化する学習です。「内容」があるエスキスとはもっとわかりやすく言うと「空間構成が優れている」エスキスということになります。
上記の通り、初受験生でこの域に至る人は少数ですし、もっと言えば近年の製図試験での、この部分への要求は決して高くありません。つまり「内容」を伴うエスキスの達成の必要性はさほどないとも言えますし、初受験であれば考慮する必要もない要素(そんなに余裕はない)だと思います。

基本的に❶、❷に問題がなければ(全く問題ない方の方が少数でしょうが)、「内容」を向上させるエスキス学習よりも作図力、記述力等に時間を割いた方が合格という目標に対しては有効かもしれません。
ただ最近の一連のツイートでも少し触れていたように「空間構成の優れたエスキス」は作図時間短縮、作図ミス削減に直結するだけでなくエスキス時間短縮にも繋がります。それは不合格になる可能性を小さくする=合格へ近づくということに繋がります。

少し整理しますが、ここでは「内容」がある=「空間構成が優れている」として書いています。そして「空間構成が優れている」ことのメリットとして「プランがシンプル」になるため作図が速くなる、覚えやすく描き損じが少なくなる(凸凹、ジグザグしていないので真っ直ぐ長い線でプランが構成される)他、エスキスにおいても(スケールが小さくても)全体像が把握しやすくミスに気づきやすい、といったことが挙げられます。また「空間構成」がしっかりしていればプランの違和感(搬入経路の不備、動線の不備等)に気付きやすくなります

つまり「内容」のあるエスキスにしようと思えば基本的に「空間構成」とは何かという理解の上にプランに取り組めるかどうかが重要になります。「空間構成」の理解といっても常識的なもので難しいものではありませんが(一例として、多人数が集まる場所は広く天井が高い方が良いetc)、日常的に設計に触れていない場合、こうした考え方(概念)を作図スピード、作図手順、エスキススピード、エスキス手順、記述知識、タイムマネジメント力等と共に2.5ヶ月以内に習得するのは非常に困難と言わざるを得ません。

ここまで読んでいただいてお分かりになるかと思いますが、だからこそ、本来既受験生が取り組むべきエスキス学習(初受験生に対して明確な「時間がある」というメリットを生かして取り組むべきこと)だと思います。

具体的な学習方法としては上記にもあるように「描きやすいプランが出来るまで繰り返しエスキスしてみる」というのが有効です。またその描きやすいプランをつくりあげた描き方を「一般化=ルール化」することでスピードが担保されるだけでなく再現性が高まるのでエスキスへの不安は大きく減衰することになるはずです。
ただこの方法で一定以上の効果が望めるのは日常的に設計に関わっていたり、あるいは学生時代設計が得意であった人に限られる可能性があります。設計行為に馴染みがない場合、思考の整理や方法論化は簡単に出来るものではありません。テキストにもプランニングの作法が書いてあるわけではないので有料記事になりますが「エスキスのコツ〜平面検討・プランニング」を参考にしてもらえれば建築士試験のエスキスのみならず、建築を考える際の基本とも言える内容でもあるので「空間構成」の理解にも役立つのではないかと思います。

まとめ

最後に。

この記事はあくまで既受験生のエスキス学習を想定して書きました。当然初受験の方やあるいはこれから初めてエスキスの学習を始める方が読んでおられることもあると思いますが、そうした方には理解出来ない内容も含まれていると思います。
ただ、手順が大事であるということは伝わるかと思います。

エスキスが完璧に出来るようになるということは非常に難しい(講師でも出来ない人はいる)ことですが、特に課題発表前の時点においては出来るだけ理想を高く掲げて学習に取り組んでもらえればと思います。

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