エスキスとは何か
はじめに
先日担当受講生に「先生、エスキスの答えの出し方を教えてください!」と悲痛な顔で言われました。頑張っているけれど中々上手くいかない、そのような多くの受験生は同じように思う方もおられるでしょう。
しかし、エスキスに彼が求める「答え」などありません。
そのことを書いてみたいと思います。
エスキスの「答え」とは
よくよく聞いてみるとその受講生はエスキスには「正解」が存在すると考えており、そこにたどり着く為の間違いのない方法を求めているようでした。これは普段設計をやっていない方に多く見られる考え方ですが、当然設計という行為の行き着く先に「正解」はありません。「正解」らしきもの、「正解」と思われるもの、言うなればそれが「答え」です。しかしそれは彼が求めているものではありませんでした。
「課題があって点数をつけられるということは正解があるからではないですか?」
確かにそう言われれば答えに窮してしまいそうになります。ただ、やはり「正解」はありません。多くの場合、はっきりとわかることは「正解ではない」ことが何か、ということだけです。
そして建築士試験においてはその「正解ではない」ことが課題文の内容で明快に示されています。もちろんこれが間違いです、とは書かれていません。しかしはっきりとした条件が示されており、それに反すれば正解ではないということは自明です。
つまり課題文は「答え」に対する必要十分条件であり、強いていうならばエスキスの「答え」とは「課題文の内容そのもの」である、としか答えようがありません。
可能性を限定すること
そもそも、冒頭の受講生の重大な勘違いはエスキス(大きく言えば設計)が何か一つの目的地に収束していくようなイメージ(それを正解と考えている)を持っていることです。ずっと設計に携わっているとそんなことがないことは当たり前のこととして了解されるのですが、今年から受験資格の緩和があったことも影響しているのか、そのような設計者ならわかっていて欲しい(=一級建築士になる者ならばわかっていて欲しい)ことがわかっていない受講生が増えているように思います。
エスキスとはあくまで可能性を限定する作業であり一つの答えを導くものではないのです。建築士試験においては「課題文」という親切丁寧な条件が付与されているため、その可能性の限定が非常に簡単に、しかも効率良く行え、かつかなりの所まで限定出来る、というだけのことです。
つまりエスキスで行なっている事というのは(エスキス用紙に書いている事は)答えを出しているように見えるかも知れませんが、そこに書かれていない多くの可能性を消去し「正解」らしきもの、「正解」と思われるものに迫る検討、ということになります。
「正解」にたどり着かなくてはならない、と思うのではなく、正しく「正解」らしきものに近付けているだろうか、と思えれば少しは気が楽になるのではないでしょうか。
手順の重要性
少し話が抽象的で理解出来ないなと思う方もおられるでしょうが、上述したことを踏まえ、現実的に大事なことが「いかに手順が重要であるか」ということです。
実務の設計ならば万能の手順などというものは存在しないでしょうが、こと建築士試験においては上記のように「課題文」が親切丁寧な条件提示をしてくれているため手順通りに進めることは非常に有効になります。僕は現在勤めている資格学校以外のエスキスの手法を知っているわけではありませんが、少なくとも今受講生に伝えている「手順」は建築士試験において非常に良く出来ていると感じます。正しく手順を踏んで検討を進めることで、上述したようなことが意識できていなくとも「正解ではない」可能性を消去出来ます。『エスキスが苦手な受講生の共通点』の中でも書いていますが、エスキスが出来ない受講生のほとんどは手順に問題があります。どれかを飛ばしていたり、意味を理解していなかったりすることで「正しく可能性を絞れていない」ので、プランニングで破綻したりまとまり切らないのです。頭でわかっていても確認の意味も含めて全ての手順を書き出しているか(書き出せているか)は、エスキスが苦手だと感じているなら再確認してみてください。エスキスに「正解」はありませんが、「正解」らしきもの、「正解」と思われるものにたどり着く為の間違いのない方法こそが、しっかりと手順を踏んで情報を整理することです。
エスキスの速さについて
「オレはこれ1時間くらいで出来ちゃったよ」なんてことを言う講師がたまにいます。「エスキスが速く出来れば作図を馬鹿みたいに速くしなくてもいいんだよ」と言う講師もいます。これは、どちらも講師としては失格だと思います。受講生に「凄い」と思わせたり見栄を張る分にはいいでしょうが、得られるのはその講師自身の自尊心だけで受講生には何の利益もありません。
エスキスがそれだけ速いということは手順をちゃんと踏んでいない、ということの裏返しです。そのようなエスキスを受講生に教えるつもりでしょうか?馬鹿だとしか思えません。
上述の通り、エスキスは可能性を限定して行く作業です。コツコツとこまめに不正解の可能性を消して行きます。それに対して、最初から1つの可能性を追うエスキスをすれば当然速く出来上がります。限定していって残るであろうものを想定し、それを整える作業。それを行えば1時間程度で出来るでしょう。僕でも出来ます。しかし受講生はできるでしょうか。おそらく出来ません。最初から可能性を絞り進めるやり方は経験があればある程度出来るのですが受講生にその経験はありません(建築士試験の設計は、実務の設計とは全くの別物です)。また、そのやり方は失敗しても何のペナルティもない状況だからこそ出来るのです。自身が受験生ならば1年に1度の本試験にそのような方法で望むのでしょうか?仮にそうだとしても自身の受講生にそのような形で受験させるとすればお金を貰っていることを考えると詐欺のようなものです。建築士試験のエスキスは正しい手順を踏んでやろうと思えば熟練の講師であっても2時間近くはかかります。そしてそれだけの時間をかけてエスキスしているのは受講生が引っ掛かるところ(=可能性を絞れない所)を確認する為です。1時間でエスキスをする講師は、エスキス自体は出来るかも知れませんが(出来ない場合も多々ある。まぐれでハマることを出来るとは言えない)、受講生に教えることが出来るとは到底思えません。そしてそれは同時に作図力の鍛え方もわかっていない、ということとセットになっているはずです。
作図力を鍛えなければならないのはエスキスに時間を掛ける(正しい手順を踏む)必要があるからです。時間は掛かるものだという意識で手順を確実にこなすことがエスキス攻略には何よりも有効かつ重要だということを再認識してもらえればと思います。
課題文が少量でそもそもの可能性が少なく多くの人に正解らしきものが想定出来た過去の試験の合格者(やその頃からアップデートされていない講師)に惑わされないようにしてください。
さいごに
正しい手順を踏めているのに上手くまとまらないという人はあまりいないように思います。ただ、そうした人は例外なくプランニングの基本的な考え方がわかっていません。そういう人は是非「エスキスのコツ〜平面検討・プランニング」を読んでみて欲しいと思います。有料記事ですがそれだけの内容だと自負しています。
今年は断面検討や平面検討の難しさより想定される諸条件の処理の方が難しそうな印象です。エスキスにつまづきを感じている人は手順の再確認をお勧めします。