雨宿り(24/7/25)

「きみは、雨、きらい?」
午後6時。降りしきる雨が夏の蒸し暑さを洗い流すようだった。こんな雨だから、学校に残ってもやることなんてなくて、だからみんな帰ってしまって、この教室は窓際の席を挟んでふたり、君と僕だけがいる。
どうして、と聞き返す僕に「だって、つまらなさそうな表情をしてたから」って君が言った。そんなことないんだけどな。バケツをひっくり返したような雨も、窓が割れるんじゃないかと思うような雷も、大好きなんだ。ただ、そこに飛び出して行きたいのを我慢して眺めているだけなのが退屈なんだ。そう言うと、ふぅん、と実に残念そうな、退屈そうな返事が返ってくる。ほんのりと苛立ちを混ぜた声色で、僕に八つ当たりをしている。この雨じゃ、君のお気に入りの場所はどこも水浸しだね。このままじゃ今日を終えられないから、君は苛立っている。
「雨のこと、嫌いなの?」
答えなんか聞かなくてもわかっているのに、そう訊いてみる。すると君は、今日は初めての笑顔を浮かべた。
「好きになってほしいの?」
怠そうな瞳。揺れる黒髪。雪のように白い指先を、僕の顔の前でくるくると回して。「好きにさせてよ」君はそう言った。

忍び込んだ屋上は、一面の水溜まりになっていた。つま先が濡れないよう扉を背に立ったままでいる。雨がさっきよりずっと近い。薄いガラス1枚の距離もない。向かい合っていた君が隣にいる。こんなに雨がうるさいのに、君の心臓の音まで聴こえるみたいだ。
「ずるいなあ、きみは」
そう言いながらも、君の声は弾んでいて、眠たそうな表情も、試すような表情も消えて、これからイタズラを始めようとしているよう。最高の甘い笑顔で、君は言った。

「こんな所に連れ出して。今日はまだ"その日"じゃないでしょう?」

それから、スカートのポケットから小さな箱を取り出して、カサカサと振ってみせる。その1本を咥えて、残った箱を差し出されたから、首を振る。ふぅん、と残念そうに言いながら、声のトーンは上がっていた。そうだね。こんな日だから、ふたり、足を滑らせたなら、それはドラマチックだろうね。でも、なんとなく、そんな気分じゃない。もったりとした煙の匂いに包まれながら思う。苦くて甘い。君の香りに。
「良いね、これ。またやろうよ」
こんな雨だから、僕たちがここにいることを誰も知らない。誰も咎めない。そんな今日が、またどこかで待っている。


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