#13 大阪ホスト編(3)
楓花は、道路を渡り、一つ目の曲がり角を左に曲がった。少し進むと、大きな看板が見えた。アルファベットのSが三つ並んでいる。店の前では、ホストが客寄せをしていた。楓花は、そのホストに声を掛けた。
「なぁ、時雨おる?」
「あ、楓花さん!おるで。案内する。そちらの二人も楓花さんの連れですか?」
「そう。一緒に入ってもええ?」
「楓花さんの連れならええねん」
彩世は、夢幻と一緒に楓花の後について、お店の中に入った。お店の中は、天井が高く、ミラーボールがぶら下がっている。店内は、装飾品や絵画が並んでいた。
「ホストクラブというよりも美術館みたいだな」と彩世は言った。
「ここのオーナーは、美術品が好きみたいで、買うたものを展示してるみたいやで」
「迂闊に触って壊したら怖いですね」
しばらくして、お店の奥のテーブルに案内された。楓花の隣に彩世と夢幻は並んで座った。スーツ姿の男が楓花に声をかける。
「今日は、何にしまひょか?」
「せやな。レモンサワーをもらえる?」
「かしこまりました。そちらの連れの方も同じものでええか?」
「鏡月のボトルをお願いします」と夢幻が言った。
「鏡月は、何で割りまっか?」
「水でお願いします」
男は店のカウンターの方に向かって歩いて行った。
「…鏡月か、俺、シャンパン飲みたいんだけど」
「彩世さん、予算がありますから」
しばらくすると、男がレモンサワー、鏡月のボトルとミネラルウォーターのペットボトルと氷の入ったグラスを2つ持ってきて、テーブルに並べた。レモンサワーのグラスの傍らにレモン絞り器の上に半分にカットされたレモンが乗っていた。彩世は、おしぼりで手を拭き、レモンを絞ってレモンサワーのグラスに注いだ。
「さすが、彩世さん。おおきに」と楓花は言った。
彩世は、グラスをおしぼりで拭いて、楓花に手渡した。その間に夢幻は、グラスに鏡月と水を注いで、マドラーでかき混ぜている。三人は、グラスを持ち、乾杯をして飲んだ。三人が飲んでいるところに、金髪で髪をオールバッグにした男がやってきた。
「楓花。来てくれておおきに。あれ?その二人は?」と男が言い、楓花の隣に座った。
「ああ、うちのボディガード。ほら、大阪の街も物騒やん?こないだ、お客さんに家まで後をつけられて」
「え?やったら、俺を呼んでや。楓花のためなら、いつでも行くで」
「おおきに。気持ちだけ、もろうとくわ」と楓花は笑顔で言った。
「楓花は、綺麗やさかいな~ほっとく男がおれへんやろうな。俺も一緒に飲んでええかいな?」
「もちろん」
「…鏡月ですけど、いいですか?」と夢幻は言った。
「ああ」
夢幻は、グラスに氷を入れようとしたが、楓花がそれを制した。
「そら、ボディガードの仕事ちゃうさかいええ」
「…失礼しました」
「今日は、特別にうちが作ったるわ」と楓花が言い、グラスに氷を入れて、鏡月をグラスに五分の一くらい注ぎ、ミネラルウォーターを注いで、マドラーで軽くかき混ぜて、時雨に手渡した。
「どうぞ」
「おおきに。楓花が俺のために作ってくれるなんて嬉しいで」
時雨は、グラスを掲げた。
「乾杯」と言い、楓花とグラスを合わせると、カチンとグラスが合わさる音がして、二人はお酒を飲んだ。
「お二人も飲んだら、どや?」と時雨が彩世と夢幻に言った。
「私たちは、ボディガードなので、お酒は飲まないんですよ」
「あれ?さっき、俺が来た時は飲んでへんかった?」
「そうですね。流石に楓花さんだけが飲んでいるのも不自然だと思って少し飲みました」
「ふぅん。楓花、ボディガードは東京の人を雇うたん?」
「いえ、仕事中は標準語という決まりになっているんです」
「そう。せやけど、郷に入ったら郷に従えっちゅう言葉もあるし」
彩世は、グラスに入った鏡月の水割りを一気に飲み干した。
「…楓花さんから、時雨さんは面白い人って聞いてたんですけど、全然面白くないですね。俺たちのことを疑うなら、楓花さんのことも疑うことになりますけど?」と彩世は言った。
時雨は、楽しそうに笑った。
「おもろいボディガードやな。名前は?」
「あんたに名乗る価値もない男です」
時雨は、それを聞いて、先程よりも更に楽しそうに笑った。
「あんた。おもろいな」
時雨は、近くに居たホストに声を掛けて耳打ちをした。ホストは、そのまま店の奥に向かっていく。
「時雨?何話したん?」
「そう急がんといてや。そのうち、分かるさかい」
しばらくすると、先程のホストが、銀の皿に銀色のクローシュを被せて、やってきた。
「何?食べ物?」と楓花が時雨に聞いた。
「さて、何やろう?」
「たこ焼き?」
「ハズレ。そっちの二人は、なんや思う?」
「薔薇とか花か?」と彩世は答える。
「残念。次がファイナルアンサーやさかいね」
「お金ですか?」
「全然ちゃいます。翔。開けて」
翔と呼ばれたホストがクローシュを開けると、本が一冊、お皿に載っていた。表紙に『LOVE HOST』と書かれている。そして、その表紙に写っている男は彩世だった。楓花は、驚いて雑誌を注視している。
「俺の特技は、一度見た顔は忘れへんねん。髪が黒いけど、新宿歌舞伎町のクラブ「哀」のナンバーワンホスト彩世やろ?」
「…ふっ。俺の方が指名料を貰おうかな」
「彩世さん、雑誌のモデルもしていたんですね」と夢幻が言った。
「まあな」
楓花は、雑誌を手に取り、パラパラと捲った。
「何これ、えろい!」と楓花が声を上げた。彩世がバスタブの中で女性の腰に手を回して、ワインを飲んでいる写真が写っている。女性は後ろ向きで顔は見えない。
「これ…女性が居なくてもいいのでは?」と夢幻が言った。
「すごい。雑誌の巻頭を十ページも独占してるなんて…」と楓花が言った。
「話を戻してええか?何で、その彩世と楓花がうちの店に来てるんや?」
彩世は、この場をどのように切り抜けるかを考えた。東京のホストが大阪のホストクラブに来る理由なんて、視察以外に無さそうだった。
「…うちのお店が大阪に出店するかもしれなくて、オーナーに頼まれたんだ。でも、大阪のホストクラブに東京出身のホストが居ても、女の子が来ないだろうと思った。だから、大阪に出店するなら、大阪のホストに経営を任せるのが良いんじゃないかと思ってる」
彩世は、改めて時雨の方を向いて座り直した。
「あんたさえ、良ければ、うちのお店に来ないか?」