切りすぎた前髪とスイートポテト
失恋をすると髪をバッサリ切るという話はよく聞いたものだ。それは、その人への気持ちに区切りをつける意味合いがあるのかもしれない。
私は最近ひとつの恋に区切りをつけた。
私が望む結果にはならなかったが、悶々としていた気持ちを自分の行動によって変えることができた点はとてもよかったと思う。
行動しないよりは行動した方が後悔は少ないとよく聞いたものだが、行動した今、後悔している私もいる。どちらにせよ後悔はするようだ。
そんなことを考えていると、ふとあの人が好きだと言っていたスイートポテトを思い出した。いつかあの人に食べてもらいたくてコツコツと試行錯誤を繰り返していたスイートポテト。もう食べてもらうことはないけれど、せっかくなのでこれまで捧げた時間とエネルギーの集大成として自分で味わって区切りをつけようと思った。
よく晴れて風が気持ちいい日だった。スイートポテトの材料を買いに、近くのスーパーまでトコトコと歩いていった。
近くのスーパーまでは歩いて10分ほどなのでちょうどいい運動と思考の時間になる。
考え事をしていると自分の世界に浸ってしまうので、周りの景色は目に写るだけで心には入ってこない。そのため、はっと気がついた時にはどこかにタイムスリップしてきたかのように思える。
そんなことを考えているうちにスーパーに着いた。秋だからなのか売っているさつまいもの種類が多かった。迷った末に紅はるかを手に取った。その他の材料ももれなく買い揃えて家へと帰った。
そのままでは固いのでさつまいもをオーブントースターでホクホクにする。これなら焼き芋を買えばよかったなと少しだけ後悔した。
熱々のさつまいもの皮をむいていると、前髪が目にかかって邪魔なことに意識が向いた。前髪を結ぶという選択肢もあったが、それは短絡的な解決策にしかならない。数時間後に夕食を作ることを考えると前髪を切ってしまおうと考えた。
手を洗って洗面台へと向かった。
右手にハサミを持って鏡にうつる自分を見つめながら左手で前髪を揃えた。
自分でもびっくりするくらいにバッサリといった。鏡を見なくても分かったが、確実に前髪を切りすぎた。
わずかな可能性を信じて恐る恐る鏡を見ると、そこには前髪を切りすぎた私がうつっていた。
失恋をしたから髪を切ったと思われるととても恥ずかしいと感じたが、生身の私を知る人間の中で私が失恋をしたと知る人間はスイートポテトが好きなあの人しかいないので大丈夫だと思い直した。
切った前髪はいずれ戻ってくる。それまで私にはどうすることもできないので切りすぎた前髪は諦めてスイートポテト作りに戻った。
皮をむいたさつまいもをボウルに移し、つぶした後にその他諸々の材料を加えて練っていく。
いい具合の柔らかさになったら形をラグビーボール状に整えていく。
その後、オーブントースターで焼き目をつけたらスイートポテトの完成だ。
あの人にいつか食べてもらいたくて試行錯誤を重ねたスイートポテトを前髪を切りすぎた私が食べてみた。
とても甘くて焦げ目がほんのり苦かった。
この美味しい美味しいスイートポテトをあの人に食べてもらう日はこの先訪れないだろう。
それでも切りすぎた前髪がいつか戻ってくるなら、それはそれで幸せなことなのかもしれない。