21年間の人生で聴いてきた邦楽(全2,280曲) 全曲レビュー その2
いま、私のSpotify「お気に入りの曲」には、2,280曲が登録されています。これについて、一番古いものから順に、全部言及します。
#11 トーキョー難民 - あるぱちかぶと
「トーキョー難民」は、2010年以前のあるぱちかぶとの中で「完璧な一日」「日没サスペンデッド」とともに代表曲であり、唯一MVが公開されているという点では勝負曲とさえいえるかもしれない。MVは非常に手の凝った作りになっており、当時学生であったあるぱちかぶとがどのようにしてこれを完成に漕ぎ着けたのか、視聴者は皆目見当もつかない。
「トーキョー難民」に歌われているのは漂白の感覚、デラシネの感覚である。それは現在時点・現在地点においてデラシネであるばかりでなく、自分の出生時点からずっと当て所もない移動を継続しているような気分でもある。ゼロ年代に普遍的な断絶・よるべなさの感覚を、ここまで個人的で固有な経験から出発して書いたラッパーは、現在顧みてもあるぱちかぶとただ一人ではなかったか。
コメント欄からは、あるぱちかぶとの試みを理解することができなかった同時代の視聴者からの反発が窺える。あるぱちかぶとは早出のラッパーであり、その活動が2010-20年代を通じて不安定であることも含めて、特殊なラッパーである。
#12 Luv(sic.) pt3 (feat. Shing02) - nujabes
中学・高校時代の我々にとってShing02は神格化された特異な立ち位置を占める存在だった。Modal Soulの方が個人的には好きですが両方好きです。
#13 元少年ライカ - あるぱちかぶと
都心20-30km圏のベッドタウンで生まれ育った我々にとって、自分のノンカルチャー性をどのように引き受けていくかというのが最も大きな主題でした。また、親戚が皆無で、自分がどのようなバックグランドを持って生まれてきたのかを隠匿されていた当時の自分にとって、自分には「背景がない」のではなく「ない背景がある」のだという肯定文の形で自らを肯定し、もしくは第三次ベビーブームという「あらかじめ失われた」コーホートに自らのアイデンティティを求め、いずれにしても根無し草としての疎外から脱せるようにすることは切実な課題でした。それ以外に主題はなかった。そして、そのような主題が次第にまったくもって無効となる瞬間がすぐ来るだろうという予感もまた、その時点において既にありました。
「許されると思うのです」「許されるとも思う」の、疑うような肯定に、たしかに心を預ける期間が自分にはありました。
「そこにない」ということすら美しいものと言えるようになるだろうかと、当時の自分は考えていたのでした。
ならば、不在が意識にもたらす根源的な美もまた、存在してよいのではないか。そうでなければ、芭蕉の夏草は人の心を動かさないのではないか。というか、それはひとつのイノセンスなのではないか。夢が醒めた時に、我々はどこにいるのか。高校時代の自分は、だいたいそんなようなことを考えていました。
人が完全に喪失し、損なわれるとはどういう事態なのか。どのようにして回復しうるのか。それはやはり愛や公共性の問題でしかありえないのか。高校を出てしばらくは、次いでこのような問いにとらえられていました。相互に連関するこれらの問いに対し、僕は文章によってまとまった仮の答えを与えることができるのかどうかわかりません。少なくともいまの自分にはそれをアカデミックな対象として扱う環境と時間と体力がない。15歳から19歳までの自分はあるところまで行けていたような気がするので、本当に悔しいです。苦しい。誰か助けて欲しい。
# 14 音信 - Libro
この時は『胎動』がまだサブスク解禁されていなかった。最近はあまり聴いていない。
# 15 Be feat.Bose - BIM
2024年における小沢健二とスチャダラパーの活動を当時の自分に聞かせたら倒れてしまうんじゃないか。
# 16 PAPER, PAPER… - BRON-K, NORIKIYO
「きっとそれは間違ってるよ」「きっとそれは間違っちゃいないよ」の揺らぎが心に残る。
#17 スウィートソウル - KIRINJI
ラーメンズが2002年に出した長めの映像作品の中で「クレイジー・サマー」がかけられていたことから、キリンジを知った。自分の生年に出ていたことからなんとなくまず「スウィートソウルep」を聴き始めて、それで「スウィートソウル」が好きになって何度も聞いた。「エイリアンズ」と通じ合う部分がありながら、でもこちらの方がより明るい絶望を描いているようで、なんとなく繰り返し再生してしまう。
#18 Lonely Planet - Eccy, あるぱちかぶと
作中主体はとにかく時間がない。でも、忙しさが単に苦しさとして描かれるのではなく、別の忙しい主体へと優しく語りかけるようなバースになっている。
来たるべき仕事の日々を見据えて制作されていた『◎≠』に対し、このすばらしいトラックは、あたかも後日譚であるかのような感じを我々に与える。その後日譚は、きっと『◎≠』において予期されていたものとだいぶ違う。それは、未知に導かれ、この世にない言葉で感想文が届くような、生活と宇宙が直に接続する光に満ちたものであるだろう。
# 19 洗脳 - Awich, DOGMA, 鎮座Dopeness
最初に聴いたときは衝撃で、バースはすぐに覚えた。
# 20 メッセージ・ソング - ピチカート・ファイブ
ともすれば軽薄に響きそうな詩語が並べ立てられているけど自分は別に嫌な感じがしない。嫌な感じがする人も多いかもしれないけど自分はこれを良い曲だと思って聴ける。それはあるいはこの楽曲が渋谷系の極致だからだろうか。
だいぶ聴いた。ピチカート・ファイブは、恋が始まるばかりでいつまで経っても成熟していかないし、ちょっと偏執的で怖く聴こえる時があって、なかなかだったが、この曲は別だった。何らかの理由で会えなくなった自分の子どもに宛てて書かれているような感じがして、「みんなのうた」放送時の映像などは明確にこの解釈で作られているように感じる。「ぼくに届く」「きみに届く」の異同は、単なる言語操作だけでなく、あるいは「ぼく」もまた、父や母を失った存在だったのかもしれない。
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