豊島園日記3
紙袋を手に満足げな様子で駅へと帰っていく魔法使いのコスプレをした人たちとすれ違い、石神井川に沿った細い道を歩いていくと、練馬城址公園の広場に出る。夕方に一雨降って、風のある涼しい晩だから、広場にはいつもより人が多かった。中高生がブランコやトランポリンのような遊具で騒いで青春しているし、芝生でバレーをしているグループもいる。
あちこちにLEDの街灯が立っていて、人工的な明かりにこうこうと照らされているから、芝生も公園の木々もなんだか薄白く見える。
トイレを済ませ、ベンチに座って風に吹かれていると、目の前をジョギングや犬の散歩の人がひっきりなしに通り過ぎていく。楽しげな声が至る所から聞こえてくるし、近所の人たちは思い思いにベンチで休んでいる。このあたりには大きな公園がなかったから、遊園地跡地の一部を公園として整備するのはよい計画だったなとおもった。
トイレ横の自動販売機でお茶を買ってから散歩の続きを始めると、自転車に乗った中学生の集団が「ねえ、さっきの子、知り合い?」「知らない。よくここで会うけど」と大声で話しながら横を通り過ぎていった。じゃりじゃりと油の切れたチェーンの音は遠ざかっていって、すぐに聞こえなくなる。
散歩の目的は、リニューアル工事が終わって楽しみにしていた和光のスーパー銭湯だったのに、大好きだった寝ころび湯がサウナのために無くなっていた。その悲しみをかかえたまま、深夜までやっているファミレスでぼんやりコーヒーを飲んでいたら、終電がなくなった。
銭湯やファミレス目的で光ヶ丘の方までやってきて終電より遅くなるのはよくあることだったから、寝静まった街をぼやぼやと歩いて帰る。
練馬春日町の交差点から住宅街の中の暗い道路を通り抜け、練馬城址公園の端に突き当ると、家並みがなくなって視界がひらける。広々とした公園の奥には未だ工事中の区域が真っ黒い影を落としていて、ぎざぎざしたシルエットだけの森の向こうに、練馬駅前の高層ビルと紅白の通信鉄塔がのぞいている。
ファミレスからは50分ほどかかっていたから、公園の入り口付近のベンチに腰掛けて一休みしていると、深夜二時を過ぎているのに遊具のあたりにいくつか人影があることに気がついた。夜中に公園を通りがかることはあっても人を見かける機会はあまりなかったから、めずらしいなとおもった。
そのグループは、銀色のトランポリンのような器具で飛び跳ねて遊んでいる。近隣住民が寝静まっている時間帯だから気をつかっているのかもしれないけれど、はしゃいでいるように見えるのに不思議と声は聞こえなかった。
しばらく様子をうかがっていたら、遊具のエリアから離れ、その集団はどこかへ帰っていくようだった。気付かれないよう距離をおき、ゆっくり後を追っていくと、人影は公園の北側の道路を渡り、鳥居をくぐってぞろぞろと春日神社の境内へと入っていった。しばらく時間を置いてから自分も暗い境内にへ入ってみたけれど、どこにも人がいそうな気配はなかった。
風が境内の大きな榎木や竹を揺らして、かさかさとした葉音だけが聞こえる。さっきの人たちは敷地内を抜け、春日町の方にでも帰っていったのだろうと考えた。
それきり家に帰って寝たけれど、次の日の朝に気になって、また春日神社まで出かけた。明るい境内を見てまわると、拝殿の右手にある、隣の寿福寺との境界になっているブロック塀だけ新しいことに気がついた。絵馬殿のちょうどの裏手には金属製の扉があって、反対側から厳重に鎖で施錠されている。
寺の正門側に回り込み、墓地の中を抜けていくと塀の裏手に出る。そこには三峯社と閻魔堂に挟まれて、十羅刹女社があった。調べてみるとこの祠はもともと春日神社にあったのが、神仏分離で別当寺だった寿福寺側の敷地に移設されたらしい。
十羅刹女は子供愛護の信仰の神様だから、公園まで子供たちの様子を見守りに来ているのだろう、それで最新の遊具が気になって、昨夜は試していたのかもしれない。
風が吹いて木々の葉を揺らすかさかさした音の合間には、公園のほうから子供たちの声がかすかに聞こえてくる。まだ遊園地があった頃こちら側は裏手で、高い柵と木々に阻まれていた。今は整備されて広々と開かれているから、ずいぶん子供たちのそばを訪れやすくなったに違いない。