ガンガン流れるMUSIC
今日から1週間ちょっと恋人に会えない。
恋人だって、うける。
この先、天変地異が起きないに限った話だけど、1ヶ月前に、24年の人生で初めてまともに恋人ができた。天変地異とはその甚大さに関係なく簡単に起こるので、未だに恐々としている。
私の恋人はまともなので、1ヶ月記念に驚く私に、「1ヶ月なんてそりゃ続くやろ」と言った。私はやべーやつなので、こいつやべーな、と思った。
30日だ。30日間。31日間かもしれない、そこはよくわからない。よくわからない日数間、私たちは恋人という名前を背負って、その荷物を下ろすこともなく、私なんかはむしろ嬉々と背負いながら、日常をとことこ歩いてきたのだ。信じられない。それを、心のどこかで当たり前に思っている自分にぞっとする。
恋人が少し離れて立っているとき、そんな人など初めからいなかったような気がしてくる。あなたがいなくても私は全然平気。ふふん。けれど恋人の身体や、恋人の記憶や、恋人の生命に近づくと、たちまちそこに原因不明の引力が作動して、私は恐ろしい欲求のかたまりになる。近づきたい。抱擁がなければ、融合がなければ、すべてが嘘のような気がする。すべてったらすべてだ。
私の知らない、私のための歌を持っていること。
恋人と一緒に見たキングオブコントでサルゴリラが優勝したこと。
メトロのホームで悲しみに心臓が震えたこと。
鼻の下にニキビがあること。
救いの言葉も、寄り添いも、特別も、恋人は危なげない手つきで私に与えてくる。あまりに突然のことで、私はそれがそれであると認識できない。認識できないから、まるで存在しないかのように苦しんでしまったりする。
一方的な賜り物も、ひれ伏すような慈悲も、連綿の生活もいらない気がしていた。望むものが何かわからないまま、あるいはもしかしてそのすべてが手に入ったまま、素直に明日が来る。脳内で理屈をこねまわしていないと、気が狂いそうだ。
要するに、恋人ができたことに驚いている。めちゃくちゃ驚いている。
性行為以外の初めてを、彼氏からもらうなんてごめんだと思っていたから。私はすべての人を同じくらい愛していたかったから。愛情に名前のあることが悲しかったから。だからたまげている。
あまねく人類は大差のない背比べをしていて、それなのに、なんだかひとつ、やけに色の濃い、愛おしい、いかしてる、重要そうなどんぐりが、華麗に目の前をどんぶりこしてきたのだ。お池にはまってさあたいへんとか言うてる場合じゃない。ちょっと何言ってるかわからない。
私は回転寿司のレーンの前にいる。色とりどりの皿に言葉が乗って流れていくのを、じっと見つめながら腹をすかせている。黄色の皿も違う。藍色に金の飾りがついた皿も違う。隣には恋人がいて、左手で私の手のひらを触りながら、概念でもなんでもないただのサーモンを食べている。ときどき「うまっ」とか小声で言う。「こういうのが1番美味いんだから」とか言う。黙っていてほしい。私は前頭葉の限界を感じながら必死に精査しているのに、なんでもない顔で腹を満たして、仕事がんばろとか思わないでほしい。そんなの、泣いてしまう。お前の方が泣き虫のくせに。私宛ての大学の先生からのメールを読んで何故かはらはらと泣いていたくせに。変な涙腺持ってるくせに。
1週間も会えないなんて、勘弁してくれよ、と思う。
私があなたの輪郭を指の腹で潰して、空気と攪拌して、詩の世界に取り込んでしまう前に、さっさと実体を伴って会いに来いよ。
私はあなたを神様にしたくない。
心が潰れそうなほどそう願うとき、私はようやく、胸キュンの原義を知るのだと思う。