
多様性の科学
今回も本を紹介してみましょう。『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』というタイトルの本です。
複雑な課題
私たちが普段取り組む課題には,構造がシンプルなものと複雑なものの両方が含まれています。そして,それぞれについて複数の人で取り組むことをイメージしてみましょう。
たとえば,4人で100メートルずつ走って競うリレーを考えてみます。この場合には,「できるだけ速く走ることができる人」を4人集めることが,勝利への第一歩だと言うことがイメージできるのではないでしょうか。日本記録保持者や世界記録保持者を集めれば,どんどん勝ち上がっていくことが期待されます。もちろん,チームワークやバトンの受け渡しの練習は必要ですけどね。
その一方で,仕事でも研究でも勉強でもそうなのですが,物事を達成するためにはさまざまな要素を複雑に考えて,組み合わせていく必要があります。そうなると,「研究ができる人」と一口に言っても,その中身はとても多様になります。複数の「研究ができる人」がいても,何に優れているかはそれぞれです。それは,ノーベル賞を取るような学者たちが決して「同じような人々ではない」ということからもわかるのではないでしょうか。
2種類のイノベーション
イノベーションには主に2種類があるそうです。
1つは,特定の方向に向かって一歩ずつ前進していくタイプのイノベーション。たとえばサイクロン式掃除機を開発したダイソンの創業者ジェームズ・ダイソンは,試作機の改良を根気強く続けた。サイクロン円筒部の直径やその他さまざまな要素を少しずつ地道に調整しながら,ゴミと廃棄とを効率よく分離する方法を探求した。試作するたびに知識が増え,より効率のいいサイクロン式掃除機ができ上がっていった。このようにある程度方向性が決まった中で,段階的にアイデアを深めていくタイプのイノベーションは「漸進的イノベーション」と呼ばれる。(p.177)
これは,先ほどのリレーのチーム作りに似ています。
もう1つのタイプは,本書ですでに紹介した事例に見られるもので,「融合のイノベーション」と呼ばれる。これはそれまで関連のなかった異分野のアイデアを融合する方法だ。たとえばスーツケースと車輪。電動機と製造機械。こうした2つの異なるアイデアを融合したイノベーションは劇的な変化をもたらすことが多い。互いの垣根が取り払われ,新たな可能性の扉が大きく開かれる。(p.177-178)
こちらは,より複雑な組み合わせによって物事が成し遂げられる例です。
多様性
世の中には,この「融合のイノベーション」が求められる場面がたくさんあります。そしてここで有効なのが,人々の「多様性」です。画一的な人々が集まる組織では,融合のイノベーションがなかなか生じないから問題だ,というのがこの本の中で主張されていることです。
画一的な集団が抱えるもっとも根深い問題は,情報やデータを的確に理解できないとか,間違った答えを出すとか,与えられたチャンスを十分に活かせないとかいったことではない。真の問題は,本来見なければいけないデータや,訊かなければいけない質問や,つかまえなければいけないチャンスを,自分たちが逃していることに気づいてさえいないことだ。
取り組む問題が複雑なら複雑なほどそうなり得る。視野の狭い画一的な集団は,互いに同じ間違いを犯す。みな同じ場所で立ち往生して盲目になり,解決の糸口やチャンスを見逃してしまう。(p.88-89)
間違いは相殺し合う
どうして,多様な人々が集まることで融合のイノベーションが生じやすくなるのでしょうか。それは,一人一人がさまざまな意見を出し合う中で,間違った情報は互いに打ち消し合うような関係になっていくから,なのだそうです。
もちろん,一人ひとりが間違った情報を出すことはある。思い違いや盲点もある。価値ある情報と同じくらい間違った情報も蓄積していく。しかし価値ある情報が正解という一点を向いているのに対し,間違った情報はそれぞれ違った方向を指している。予測した値が大きすぎたり小さすぎたりするのだ。ペンシルバニア大学の心理学者フィリップ・E・テトロックは言う。「正しい情報が蓄積する一方で,間違った情報は互いを相殺し合う。その結果,驚くほど正確な予測が生まれる」。ジャーナリストのジェームズ・スロウィッキーは,集団の意思決定をテーマにした著書『「みんなの意見」は案外正しい』でこう言う。「一人ひとりの予測には2つの要素がある。正しい情報とエラーだ。そこからエラーを差し引けば,正しい情報が残る」
もちろん,素人が集まってもダメです。それなりに各自が目の前の問題についてそれなりに知識をもっていて,かつ多様性が維持されている状態がいちばんなのです。
ただ言うまでもなく,集団の各メンバーにあまり知識がなければ,その意見を組み合わせたところで正解にはたどり着けない。今後10年で海水レベルがどこまで上昇するかを素人に訊いても無駄だ。集合知を得るには,賢い個人が必要だ。それと「同時に」多様性も欠かせない。そうでなければ同じ盲点を共有することになる。
これは,研究の世界だとわかりやすいことですね。それぞれの専門家が集まって互いを尊重し,率直に意見を出し合うことで新しいイノベーションが生まれる……それは理想的なことかもしれませんし,現実には難しいことかもしれませんが,やはり大切なことだと感じました。
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