
マダニに共感することはできるか
今回は『動物たちの内なる生活―森林管理官が聴いた野生の声』(早川書房)のなかから,一節を紹介してみたいと思います。
この本はドイツで森林管理官という職業についている,ペーター・ヴォールレーベンによって書かれたエッセイ集です。それぞれの章は短く,ある動物や生態に焦点を当てながら,自らの経験と研究成果を組み合わせながら,生き生きと動物たちの様子を描いています。
マダニ
今回は,この本を読んでいて面白いと思った一節を引用してみます。それは「マダニ」について書かれた一節です。
最近日本でも,マダニによる感染症がニュースになることが増えてきました。厚生労働省のサイトでも,注意喚起がされています。
このサイトでは,マダニにかまれたときの対応についても書かれています。無理に引き抜こうとせず,そのまま医療機関に行くのが正解のようです。
マダニ類の多くは、ヒトや動物に取り付くと、皮膚にしっかりと口器を突き刺し、長時間(数日から、長いものは10日間以上)吸血しますが、咬まれたことに気がつかない場合も多いと言われています。吸血中のマダニに気が付いた際、無理に引き抜こうとするとマダニの一部が皮膚内に残って化膿したり、マダニの体液を逆流させてしまったりするおそれがあるので、医療機関(皮膚科)で処置(マダニの除去、洗浄など)をしてもらってください。また、マダニに咬まれた後、数週間程度は体調の変化に注意をし、発熱等の症状が認められた場合は医療機関で診察を受けて下さい。
マダニの画像を検索
いぜんやってみて後悔したことがあるのですが,「マダニ 犬」で画像検索をしない方がいいですよ……「マダニ 耳」もやらない方が無難です。特に,トライポフォビアの強い人はやめたほうがいいと思います(こう書くと,つい検索したくなってしまうものかもしれませんが)。
マダニの空腹
さて,そんな嫌悪感を思いっきり喚起するマダニですが,それでもマダニの身になって想像してみると,一生懸命生きているものだなと感じられてきます。たとえば,次の文章を読んでみるとどうでしょうか。マダニの一生涯に共感……できるかなあ。
つまり,自然は引き出しのついた戸棚ではない。根本的に良い種,悪い種というものは存在しない。それは,リスにかんして見たとおりである。ただ,本章の冒頭に挙げたマダニよりもリスのほうが,共感や,少なくとも私たちの関心をかきたてやすいということはある。けれどこの不快感をもよおさせる小さな虫だって感情を持っているのであって,たとえば空腹のような単純な情動を考えてみれば,それは経験的にわかることだろう。腹が鳴れば,この小さなクモ形類は哺乳類の血液を欲するようになる。空っぽの胃は,とくに一年ほども満たされていなかったときには(マダニは極端な場合,次の食事までそれくらい長く耐える),不快なものにちがいない。しかし大型の動物がどしんどしんと歩いてくると,マダニは振動を感じ,汗などの発散する臭気を嗅ぎつける。前の足がすばやく伸ばされ,運が良ければ通りすぎていく足や体にしっかりとしがみつき乗ることができる。次にマダニは気持ちよい温かさの,皮の薄い皮膚のほうへと這っていき,そこに食い込む。口吻で傷口に自分をしっかり固定すると,流れ出てくる血液を吸うのである。この小さな吸血鬼は自分の体重を数倍にもし,エンドウ豆ほどの大きさにまでふくらむ。彼らは脱皮を三回するが,脱皮の前にはそのつどあらたな犠牲者を見つけて血を補給しなければならない。それゆえ,成虫になるまで長くて二年かかることもある。そしてようやく大人になると,体が小さいオスと大きいメスはほとんど破裂しそうになるまで大量に血を吸い,あと残るはフィナーレだけだ。オスは交尾をせねばならない。ねばならない?いや,したい!私たちと同様に彼らもまた衝動に導かれ,ぎゅっとしがみつき目的のことをいたすために,熱心にパートナーを探す。そしてそのあと——ここから先はさいわいにも人間と重ならない——オスは死んでいく。メスはもう少し長く生きて,2000個の卵を産む。そして,やはり死んでいく。
その最高のしあわせが,あるいはそんな感情はまだ立証できないというなら,少なくともその生のクライマックスが,幾千もの子孫を残しそのあと疲れ果て死んでいくことにある,そんな生きもの。もし哺乳類であれば,自己犠牲的だ,と私たちは言うだろう。けれどマダニにたいするとっておきの感情はといえば,残念ながら,嫌悪感だけである。
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日々是好日・心理学ノート
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