潮騒(2014年)
嵐の日、島の監的哨と呼ばれる廃墟で焚き火して身体を温めているうちに眠ってしまう新治。
気が付くと初江が肌着を焚き火で乾かしている。
三島由紀夫「潮騒」の場面である。
「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら」
三浦友和と山口百恵を思い出すか、鶴見辰吾と堀ちえみを思い出すか。あるいは吉永小百合と浜田光夫か。
この舞台が三重県の「神島」であるのは周知であるが、この「監的哨」が何のための施設であるかといえば、上の写真の場所、愛知県・渥美半島にあった実験施設から発射された砲弾の着弾点を観測する施設であった。
この6階建の塔は気象観測用の塔であったらしいが、かなりコンクリートが傷んでいる現在も立入禁止などになっているでもなく1階は物置きになっている。
写真を撮っていると近くの畑に作業しにやってきた農家のおじさんが
「こういう古い施設を撮っとるぅ?」
と語尾が下がる三河弁で声を掛けてくる。
何か文句でも言われるかと思っていたので、やや拍子抜けしながら「はい」と笑顔で答える。
あちこちのサイトでここの写真は見掛けるので、写真を撮っている輩など珍しくもないのだろう。
お陰でじっくりと拝見する事ができた。
建てられたのは昭和5年。
亡き父と同年代である。
戦争遺跡などと言われるが、別段何世紀も経っているわけではない。
戦争に関わる物や事はタブー視されることが多いので、こういった物が残されていても遣い道がなければ放置か取り壊される。
その気になれば見つかる筈の大正時代から昭和初期にかけての数多く作られたはずであろう軍関連の建物は本当に「無い」のである。
空襲や自然災害があったにせよ、それらは民家よりも頑健に造られたはずで強度からは、そう簡単になくなるものでもないから、やはり率先して取り壊されたのだろうと推測する。
こうしてあの時代は空白となり、それを語り継ぐ物も人もいなくなるのである。
まるでなかったかのように。