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江戸たてもの園にて

この家では81歳の老人が殺害されている。
今でいうところの「事故物件」であるが、すっかり観光名所にもなっている。
小金井公園内にある「江戸たてもの園」にある「高橋是清邸」である。

 高橋蔵相邸が襲はれたのは五時十分だ。まだ開かれてない表門を打破る音、邸内の玉砂利を踏む雑然たる靴音、銃声、浅い暁の眠りに鎮まり返ってゐた同邸は一瞬にして騒然たる空気に包まれてしまった。このとき、高橋さんは二階十畳の寝室に眼を開いて静かにこの物音に耳を傾けていた。隣室に床を並べて寝てゐた女中、看護婦連が顔色を変へて飛び起きると年嵩(かさ)の女中阿部ちよさんが転げるように蔵相の寝室に飛び込んだ。と、その時蔵相は寝巻のまま床の上に坐ってちよさんを振り返った。その眼は静かに澄んでいた。瞬間自分のはしたない態度にハッとしたちよさんは、思はず両膝をついて「大変騒々しい物音がしますから」といふと蔵相は「ウンなあに屋根から雪でも落ちたんだらう」とポツンと答へただけだった。邸を根こそぎ揺り動かすやうなこの物音を軒を落ちる雪と間違えるような高橋さんではない筈だ。それはすべてを知り抜いた大悟の姿だ。最後まで身辺のものを驚ろかせまいとする細かな心遣いはいつまでも近侍の女達を泣かせたのだ。
  間髪をいれず部屋の様は一変した。高橋さんは片手をついて床の上に立ち上らうとしながら、「何をするツ!」と大喝一声を最後にその場に打ち倒れてしまった。鼎(かなえ)の沸(わ)くような騒ぎからまたもとの静けさにかへった。部屋に無残に横たはる蔵相の遺骸、その枕許にゆうべの読みさしの英字新聞が紅に染んでいた。この朝邸内では警戒の麹町署の一巡査が両手に銃創をうけた。

(『読売新聞』昭和十一年三月二十三日付)

掛け軸のある部屋が寝室で、寝巻き姿で布団に起き上がって座っていたというから、おそらくはこの部屋だっただろうと言われているが、隣の書斎だとも言われていて、どちらかなのははっきりしないという。
まあこの最後の場面にも諸説あるのだけど。

いい天気だったので散歩がてら小金井公園に行き、それならばと江戸たてもの園も訪ねた。
見どころの多いところであるから、あちこちとのんびり歩いてきたので写真を見ていただきたい。

新富町にあった植村邸
一階壁面に残る空襲での爆発痕
神田須田町にあった武居三省堂
同店内
都電
南小岩にあった河野商店の裏手
千住元町にあった子宝湯
同脱衣所
下谷にあった鍵屋
同店内
池之端にあった村上精華堂
大崎にあった前川國男邸

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