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記憶と出自
食パンにバターを塗るたびに父を思い出す。
どういう理由だったかは知らないが、昔から休日の朝食はパンだった。
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父はトーストとコーヒーで、僕は横で父がトーストにバターを塗る所作を、いつも眺めていた。
父は神経質なほど丁寧に食パンの隅から隅まできれいにバターをバターナイフで広げていた。
トーストされたパンの表面をナイフが滑る「パリパリ」という音と黄金色に光るパンの表面をありありと思い浮かべることが出来る。
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父はもう亡くなったが、記憶の中の父は若く、また僕は小学校に上がる前のほんの子どもである。
こういった記憶というのは、たぶん僕自身のアイデンティティーに深く関わる。
僕はどこから来てどこへ向かっているのか。
大袈裟に思うかも知れないが、人間の素地はそんな身近な要素で構成されていると実感している。
僕はかなり大雑把なので、ご覧のような雑な塗り方なのだけど、やがてどこかで父の姿とすれ違う時が来るのではないかと思っている。