モノクロな気分だった(66回目)
フィルムを使っていた頃はモノクロばかりだった。
1日に1本は使ったからコストの問題が大きい。
そう言えるくらいモノクロフィルムは安価だった。
自分で現像して、そのあとはスキャンしたり紙焼きしたり。
街でのスナップも花を撮ったりするのもモノクロだった。
別にそれでなにかを表現したり主張したりする訳ではない。カメラにいつも入っているのがモノクロフィルムだから、それで撮っただけだ。
少しコントラストの高いモノクロが好きだった。
エッジが効いてシャープなもの。
微粒子の低感度フィルム、とくにローライのものには好みのものが多かった。
ただまあ、そのあたりのフィルムは結構高価だし、普段はコダックのトライXやTMAXを使った。
コダックのは少々現像で苛めても破綻しないし、TMAXはなかなかシャープで気に入っていた。
デジタルを多用するようになってからは、あまりモノクロで撮らなくなった。
理由は元の画像がカラーだから。
別にこだわりがあるわけではないけれど、元がそうなんだからわざわざモノクロにしなくてもいいんじゃないか、と。
「モノクロでなければできない表現」とか「モノクロで光と影を切り取る」とか、分かったような分からないようなお題目はよく理解できない。
目に飛び込んでくる情報はカラーなので、見たままを記録していくなら、やっぱりカラーなんじゃないか、と思ったのだ。
でもまあポリシーみたいな話でもないし、そんなものを誰もぼくに求めてないだろうから、気まぐれでモノクロにしたりする。
そのときはカメラ側でモノクロに設定する。
後からモノクロに変換することもできるが、カメラのディスプレイでパッと見たときに「コレジャナイ」感があったりするのだ。
こんなめんどくさい話どうでもいいわな。
今日はモノクロな気分だった、ということ。