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なにも起きない日を過ごしたいのだ(68回目)

体調がすこぶる悪いので、主治医のところに行って「あれこれ」診てもらった。
声の大変によく通る主治医は、待合室の人たちにもよく聞こえる声で「あれこれ」とぼくに訊ねる。町医者にプライバシーもへったくれもない。
まあ聞かれたところで平日の午前中なんて爺さん婆さんばかりだが、ぼくはできるだけ他の人に聞こえないように「あれこれ」と答える。
そしていつもの薬をいつものように処方してもらう。
で、結局なんなんだよ。

話は変わる。

先日「PERFECT DAYS」を観ていて思ったのだけど、ぼくがあの映画を好い映画だと感じた感覚は、むかし小津安二郎の映画を観た感じに近い。
ヴィム・ヴェンダースは小津安二郎を敬愛しているのは有名な話だから、という後付けの理由ではなく、ぼくの内面に起こる反応の話だ。
それはぼくが土井善晴さんの料理に関する話を好いと感じたりするのと同じ琴線に触れているのだろうと思う。
普通というのはなにを指して言うのか分からないが、毎日がみそ汁でごはんを食べるといった風な、当たり前でありふれていて、まるでスチル静止画を見ているような日々を好ましく思う感覚だ。

両者の映画には共通して「なにも起こらない」
ドラマティックな恋愛も胸のすくような冒険もない。
変わったことなど起きなくていい、いや起きないほうがいい。
そういった一見すると、ありふれていてつまらない、極当たり前で、ともすると昨日だか一昨日だか分からなくなるような日々を愛せるかどうか。

夜からは本降りになった。

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