“Infrastructure”は、最初から土木事業、公的資本を表すことばだった(19世紀半ばのフランス鉄道官民連携事業)
1857年1月28日、ロシア鉄道のコンセッション契約書のフランス語版に”l'infrastructure et la superstructure”との対語表現で”Infrastructure”ということばが登場した。まもなく、登場してから、167年だ。第二次世界大戦後の冷戦下にNATO(北大西洋条約機構)で使われるようになった、のは英語での話。最初はフランス語だった。
クリミア戦争敗北後、鉄道網の整備を急ぐロシアは、その頃、フランスで盛んに実施されていた官民連携の鉄道事業方式を導入して、ロシアの主要鉄道網を建設しようとした。そのときの契約書、正文のロシア語では”нижнее и верхнее строенiе”「下部および上部の構造」と表現されているところ、フランス語版では"l'infrastructure et la superstructure"「インフラストラクチャーとスーパーストラクチャー」となっていた。これが”Infrastructure”ということばの初出である。
その後、”Infrastructure”は、1877年に出版されたフランス語辞書(Émile Littré, Dictionnaire de la langue française : et supplément)に”Terme de génie civil.”「土木工学用語」という分類で1875年のフランス共和国官報記事「南部鉄道の支線建設計画の議会審議」を用例として「鉄道の用地、土工、土木工事を表す名称。」という語釈で収録された。
この用例をたどると、パリを中心とした放射状の路線計画「幹線鉄道建設に関する1842年6月11日法律:フランス共和国(Loi du 11 juin 1842 relative à l'établissement des grandes lignes de chemins de fer : République Française)」に帰着する。
この法律は、国と自治体と民間事業者の役割について、国が路盤、諸構造物(橋梁、トンネル等)、駅舎等の全額と用地取得費の1/3、地方自治体が残りの2/3を負担し,民間事業者は線路敷設費と車両のみを負担して路線を運行するものと規定している。
この国と自治体が負担すべき部分と役割にinfrastructureという新しいことば、民間事業者が負担すべき部分と役割にsuperstructure(上部構造)ということばが官民連携の対比として用いられるようになったのである。
“Infrastructure”は、”Substructure”や”Fondation (Foundation)”が表す下部構造や基礎という単純な意味でなく、最初から土木事業、公的資本を表すための新しいことばだったのだ。
フランス語彙Infrastructureの誕生
1856年3月30日:パリ条約締結、帝政ロシアは近代化へ向かう
ロシアとの講和会議で締結されたパリ条約によってクリミア戦争は終結し、産業革命に後れをとっていたロシアはアレクサンドル2世のもと、近代化を急いだ。
1857年1月26日:帝政ロシアアレクサンドル2世の勅令(Ukase au Sénat Dirigeant.)
УКАЗЪ ЕГО ИМПЕРАТОРСКАГО ВЕЛИЧЕСТВА, САМОДЕРЖЦА ВСЕРОССІЙСКАГО, ИЗЪ ПРАВИТЕЛЬСТВУЮЩАГО СЕНАТА.
全ロシアの統治者である皇帝陛下の元老院からの勅令。
(フランス語版を抜粋して日本語訳)
1857年1月28日:ロシアにおける最初の鉄道網建設の基本条件に関する契約書。
Положеніе объ основныхъ условіяхъ для устройства первой Сѣти Желѣзныхъ Дорогъ въ Россіи.
ロシアにおける最初の鉄道網建設の基本条件に関する契約書。
(ロシア語正本を抜粋して翻訳)
ここでは、Infrastructureのロシア語инфраструктураではなく、”нижнее и верхнее строенiе”(下部および上部の構造)と表現されている。
1857年1月28日:ロシア初の鉄道網のコンセッションに関する基本条件が記された契約書。(Acte contenant les conditions fondamentales de la concession du premier réseau des chemins de fer russes.)
ここに、初めて、ロシア語の”нижнее и верхнее строенiе”(下部および上部の構造)に対応したフランス語の”l'infrastructure et la superstructure”という対語表現で”Infrastructure”ということばが登場した。
1857年2月28日:Infrastructure初出新聞はロシア鉄道記事のLa Gazette de France
La Gazette de Franceは、1631年La Gazetteとして創刊され、海外からのニュースを公に発表できる唯一の出版物であった。当初は週刊で1792年から日刊となり、1848年から1915年(廃刊)までLa Gazette de Franceという名称で発行された。
ロシア鉄道の勅令およびコンセッション契約が成立して約1か月後にニュースとして掲載された。これが、Infrastructureということばが公となった最初である。
(フランス語記事を抜粋して翻訳)
Infrastructureの語源をたどると最初のフランス語辞書用例は1875年フランス共和国官報の鉄道記事
1989年:The Oxford English Dictionary Second Edition(英語辞書、オンライン第三版も変更なし)
英語辞書The Oxford English DictionaryのInfrastructureの項には[Fr. (1875 in Robert), f. INFRA- + STRUCTURE sb.]とあり、[フランス語由来で1875年の用例がフランス語辞書Robertにある女性名詞、INFRAという接頭辞とSTRUCTUREが接合した名詞]という意味である。
英語になってからの用例は、1927年の英出版物中の南仏の鉄道完成のニュースを始めとして1950年のチャーチルの英議会討論、などが列挙されている。
1951年:Dictionnaire alphabétique et analogique de la langue française (フランス語アルファベット・類語辞書)
The Oxford English Dictionaryが参照したロベールのフランス語アルファベット・類語辞書は1951年に発行されたもので、INFRASTRUCTUREの初出を”1875, in Littré, Suppl.”としている。
語釈には、第一に土木構造物全般のプラットフォームに航空機の地上設備も加わり、さらに別の意味としてマルクス主義の社会構造におけるイデオロギーの基礎とされる経済組織を指す、が加わっている。
1877年:Dictionnaire de la langue française : et supplément, Émile Littré(リトレのフランス語辞書補遺)
これが、1877年、初めてフランス語辞書に掲載された”INFRASTRUCTURE”であり、”Terme de génie civil”=土木工学用語と分類され、用例として1875年8月13日に発行されたフランス共和国官報の記事が採用された。
つまり、ロベールのフランス語アルファベット・類語辞書の語源の項”1875, in Littré, Suppl.”は「リトレのフランス語辞書補遺(1877年)」に1875年のフランス官報の用例が掲載されていることを示している。
1875年8月13日:フランス共和国官報
1842年6月11日:フランス主要鉄道路線の開設に関する法律が背景
1842年6月11日、フランスで幹線鉄道建設に関する法律(Loi du 11 juin 1842 relative à l'établissement des grandes lignes de chemins de fer)が制定された。他国にやや立ち遅れていた鉄道の建設が次々と始まり、1860年代までにパリを中心に放射状に鉄道幹線が敷設(制定者である土木・鉱山総局長ルグランの名をとって「ルグランの星」« étoile de Legrand »とも呼ばれた)され、6大会社によって列車が運行されるようになった。
1838年 パリ・オルレアン鉄道(Compagnie du chemin de fer de Paris à Orléans)
1857年 パリ・リヨン・地中海鉄道(Compagnie des chemins de fer de Paris à Lyon et à la Méditerranée)
この法律は、国と自治体と民間事業者の役割について、国が路盤、諸構造物(橋梁、トンネル等)、駅舎等の全額と用地取得費の1/3、地方自治体が残りの2/3を負担し,民間事業者は線路敷設費と車両のみを負担して路線を運行するものと規定している。
この国と自治体が負担すべき部分と役割にinfrastructureという新しいことば、民間事業者が負担すべき部分と役割にsuperstructure(上部構造)ということばが官民連携の対比として用いられるようになったのである。
フランス語辞書の用例となった1875年8月13日のフランス共和国官報(Journal officiel de la République française 13 août 1875, p. 6743, 3e col.)には、南部鉄道(Compagnie des chemins de fer du Midi)の延伸についての委員会審議にて、infrastructureとsuperstructureとその合計が予算として示されている。
参考文献:
1) Tribillon, Justinien. “Inventing ‘infrastructure’: Tracing the Etymological Blueprint of an Omnipresent Sociotechnical Metaphor.” SocArXiv, 19 Apr. 2021. doi:10.31235/osf.io/mx2u7.
2) サイモン・P・ヴィル、梶本元信・野上秀雄訳、ヨーロッパ交通史1750-1918年 “Transport and the Development of the European Economy, 1750-1918”、2012、文拓社
注:ロシア語、フランス語および英語の日本語訳はDeepL バージョン24.1.1.11641を用いた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?