歌うひとのための「私に静けさを(Ridonami la calma!)」
曲:F. P. Tosti/詞:C. Ricci
対訳
Ave Maria, per l'aria
めでたしマリア、風の中を
Va il suon d'una campana.
鐘の音が過ります
Sorge venere pura e solitaria
清らかな孤高の乙女が
Da la selva lontana.
遠い森から現れます
Oh! Come si diffonde
ああ、なんと拡がってゆくことでしょう
Del vespero la pace!
夕刻の平穏は
La rondine ritorna a le sue gronde
つばめは軒へ帰って
E là s'addorme e tace.
眠り、口を噤みます
Resta un murmure lento
ゆったりした呟きが残ります
Di mille voci strane.
数多の不思議な声の呟きが
Forse tra i fiori e tra le siepi il vento
きっと花や生垣の間で、風が
Racconta storie arcane.
妙なる物語を語り聞かせているのでしょう
Chi sa quanti pensieri
誰が知りえましょう、どれほどの思いが
In quel susurro grato!
あの心地よい囁き声に籠もっているか
Il vento canta e sopra i cimiteri
風は歌い、墓地や
E i giardini è passato.
庭の上を通り過ぎていきました
Ave maria, nel core
めでたしマリア、この心には
Com'è dolce la sera!
夕暮れがなんと優しく感じられるでしょう
Tu sai che ne' tormenti dell'amore
あなたはご存じです、恋わずらいの身の
È schietta la preghiera;
祈りに誠があることを
Ond'io, nel cielo fiso
それゆえ私は 空をじっと見つめるのです
lo sguardo umido e l'alma:
濡れた眼と魂で
“Ridonami, ti prego, il mio sorriso;
「お返しください、どうか 私の微笑みを
Ridonami la calma!”
お返しください、凪いだ心を」
歌詞について
歌曲には「祈り(Preghiera)」という副題がついている。
「マリアの祈り」という宗教的要素と、「恋の苦しみ」という世俗的要素の同居する曲。
晩課の鐘や教会のオルガンを思わせる伴奏で静かに始まるが、祈りの文句である最後の二行はクレッシェンドしながら何度も繰り返され、最高潮に達したところで再び穏やかになって終わる。
*
各連の第一行・第二行・第四行が七音節詩行で、第三行のみ十一音節詩行。
ABAB形式の交替韻である。
A/ve / Ma/ria, / per / l'a/ria
Va il / suon / d'u/na / cam/pa/na.
Sor/ge ve/ne/re / pu/ra e / so/li/ta/ria
Da / la / sel/va / lon/ta/na.
(「/」は音節の切れ目。太字はアクセント)
*
なお、全音楽譜出版社の『トスティ歌曲集』第3版では、第一連第三行の「venere」が大文字の「Venere」と書かれている。
この場合「乙女」ではなく「金星」の意となるが、「夕刻に森から現れる」という描写と矛盾するため(宵の明星は西の空に沈む)、小文字のvenereが正しいように思う。
参考文献:
Sanvitale, F.(1996), "Il canto di una vita Francesco Paolo Tosti", EDT(森田学(訳)、長神悟(監修)(2010)『トスティ ある人生の歌』、東京堂出版)