歌うひとのための「あなたのすべてに(Di te!)」
曲:P. A. Tirindelli/詞:A. Fogazzaro
対訳
Come un vivo sepolto che tenta
生きたまま葬られた男が、手探りで
Spasimando la pietra, e s'avventa
苦悶の中 石を確かめ、飛びついて
A un lume subito
不意に射した光明へ縋るごとく
Io così t'ho abbracciata in tempesta,
こうしてあなたを腕に抱いていた 千々に乱れて
Io ti strinsi su la testa,
あなたをきつく抱きしめた 頭を、
Man, labbra ed anima.
手を、唇を、そして魂を
Aria bevvi, ciel, sole splendente,
空気を呑み込んだ 空を 輝く太陽を、
Un immenso che vince la mente,
大いなるもの 人智を超えた、
Che il mondo ha in sé;
全世界をも包み込むものを
E ogni cosa di fuor s'oscurava,
そして 外界のすべては闇に溶け
Pien di te il petto ansava,
あなたに満たされて この胸は喘いでいた
Di te, di te.
あなたに あなただけに
歌詞について
非常に熱烈な恋の歌。
第四行の「la tempesta」は「嵐」のことだが、比喩的に「心の嵐」を指すこともある。本訳では比喩とする解釈を採った。
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大きく六行二連に分かれているが、韻律の上では「十音詩行、十音詩行、五音詩行」の三行でひとまとまりを成している。
それぞれ要約すれば、以下のようになる:
1)生き埋めにされて苦しみもがく男のように、
2)狂おしくあなたを抱きしめ、
3)世界のすべてを胸に吸い込み、
4)あなたへの思いだけが残った
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第一行~第三行には、句またがりがある。
Co/me un / vi/vo / se/pol/to / che / ten/ta
Spa/si/man/do / la / pie/tra, e / s'av/ven/ta
A un / lu/me / su/bi/to
(「/」は音節の切れ目。太字はアクセントの位置)
第二行前半の「Spasimando la pietra(苦悶しながら、石を)」は、第一行末尾の「tenta(確かめる)」から繋がっている。
同様に、第三行の「A un lume subito(不意の光明に)」は、第二行末尾の「s'avventa(飛びつく)」から繋がっている。
どちらも他動詞の直後に行末を迎えており、続きを言いたい/知りたいという強い欲求を、歌い手や聞き手に呼び起こす。
一方、音楽の切れ目は意味の切れ目とほぼ一致している。
その代わり、第二行冒頭の「Spasimando」のリズムには変化がついており、第三行の和声には緊張感がある。原詩の与える違和感や落ち着かなさが反映されていると言えよう。
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時制が気になる。
第一行~第三行の比喩と、第四行の「t'ho abbracciata(あなたを腕に抱いた)」を除き、動詞がすべて遠過去で書かれている。
遠過去について、伊和中辞典 第2版(小学館)巻末の解説を引用すると:
すでに完了した過去のことがらで,現在と心理的にかかわりがない過去の行為,また歴史的事実などを表す.
では今、歌い手と「あなた」の関係はどうなったのだろうか?
もしかすると、「あなただけに生きていたあのころ」を現在から切り離すことで、「あのころとは変わり果ててしまった現在」を否定したいのかもしれない……。