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すれ違う朝

ゆっくりと漂うコーヒーの微かに甘い香りを今日ときっぱりと切り分ける冷え切った歩道を、今日に無関心な爪先を靄のかかったような曖昧な黒革で締め付ける紐靴で急ぐ朝。踏み降ろす爪先の1ミリ下で、整然と敷き詰められた灰色の四角いコンクリートブロックの隙間が不安に震え、昨日の埃っぽい倉庫で単調に動き続けた右腕に後生大事に抱える赤茶色のバッグを持ち直す。

すれ違う空色のジョガーパンツを身につけたポニーテールの誰かは今日の汗をかくにはまだ早く、いつもの変わらないピンク色のクルーネックのシャツはアイロンのかかった几帳面さで飛び去って、静かに甘い化合物だけが行き場を失う。どこにでもあるくすんだ青に誰かが塗りたくったごみ収集車は金属をかき回すディーゼルエンジンの音を裏通りに乱反射させ、無関心なヌイグルミ色の猫が反響する音の合間をゆっくりと通り抜ける。誰もが自分の時を急ぐ冷たい朝。

遠く駅の階段は今日を拒むように灰色のネクタイにつながれた人々を吐き出し、黒カバンを抱えた誰かを何事もなかったように平然と飲み込み続ける。不動産会社の無意味な文字を埋め込んだポケットティッシュを左手で探りあて、右手はバッグの底で捻じ曲がる。

1時間後には忘れ去られる紺色の場違いなブレザーが、だらしなく折れ曲がった紙袋をまさぐり、昨日と何も違いのないポケットティッシュを引っ張りだす。そのポケットティッシュを奪うように受け取ってカバンにしまい込むサラリーマンと、小走りにブレザーの男の横をすり抜けながらティッシュと空っぽのペットボトルを生垣に投げ込む高校生と、遠い猫の鳴き声。

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