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ブルターニュ:ラ岬〜西の果て

「何もありませんよ。まったく何も。ほんとうの西の果てです。波がただ音を立てているだけでね、行きたがる人には何か理由があるのでしょうが、とんとわかりません。」
そう言いながら歪んだ青いキャップをボールペンに戻すと、パタと音を立ててそれを置いた。
「まぁ、言い過ぎたかも知れません。立派な灯台ならあります。あとは強い風と小さな観光案内所がひとつ。もしそれでも行かれるのなら風避けにジャケットか何かをお持ちなさい。大西洋の風は案外強いですから。」

 ラ岬(Pointe du Raz)に行くには近くのカンペールからレンタカーが良い。フランスの西の隅に突き出た半島は、意外に遠く道は狭い。ラ岬が観光地であるには違いないが、地の果てであるのは単にフランスの最西端に突き出ていると言う意味だけではない。家もまばらで、夏を除いて行く人もあまりいない荒涼とした土地のように感じられる場所なのだ。正確に言えばフランスの最西端は実はラ岬ではなく、すぐ北にあるコルサン岬なのだが、そんなことはどうでも良い。行けばここが最西端だと思う筈である。バスもあるらしいが、地の果てに向かうバスというのもなかなか勇気がいる。
 言い過ぎたかも知れない。確かに途中に小さな町がいくつもあるし、町があればパン屋もある。道もしっかり舗装されている。レンタカーでカンペールからラ岬の駐車場まで1時間半見ておけば十分である。でも遠い。三浦半島くらいの気持ちで行くと、いつまでも着かずに少々焦ることもあるかも知れない。だからやっぱり地の果てなのである。

 駐車場は風避けの石の柵で囲われている。そういえば沖縄にもこんな感じの場所があったななどと感慨にふけることができるのは、穏やかな日だけだろう。その駐車場からほんの少し高いところに観光案内所もあって、夏の間はそこから岬の突端までバスが走っている。歩行者用の道もあるから歩いても良い。歩いた先には難破の聖母像と監視施設(沿岸信号所)があって、さらに海に突き出て岩場と小さな島や灯台がある。少しでも風が吹けば吹きっさらしの岬は厳しい姿を見せて、上着が1枚必要になるだろう。強風警報が出ている時に歩いてみたが、最後まで行き着くことは叶わなかった。
 地図を眺めればすぐに気づくが、ビスケー湾からの南西風が吹けば海の上にいるのと変わらない場所なのである。そして、この辺りは常に南西風か北西風が吹いている。つまりは強風は避けようがない。ひどい強風か、穏やかな強風かという違いだけだ。比較的穏やかな夏だけが観光シーズンなのかも知れない。
そもそもこんな岬の先端は、日本なら、犯人が追い詰められる場所という事になっている。あるいは夢を失った者が流れ着く場所だろうか。多少荒涼としていたほうが西の果てらしい。

 さて、大陸の西の果て、世界が終わる場所はリスボンと言う事になっている。ここから西に向かえばやがて海は滝となって流れ落ちる。もちろんそんなことはないが、ラ岬はフランスの西端であって、本当の地の果てではない。だから灯台でも見たら感傷に耽ることなく帰れば良いのだが、帰りはベ海岸に寄った方が良い。ラ岬の次はベ海岸とはなんだかいい加減に聞こえるが、ちゃんと隣にある。ラ岬の駐車場を出てまもなくベ道路にそって左折すると、道はヘアピンカーブのように大きく折れ曲がり、高台だった岬から海に向かって落ち込んでいく。右には干潟が広がり、大きな谷底のような地形の底にホテルと海岸があって、それはドローン映像でも見ているようなパノラマである。ビーチの名前はベ海岸(plage de la Baie)と言う。
 どう言う訳かGoogle Street Viewの写真は霧で覆われているので、次の撮影を待つか、アップルの撮影でも待つかしかない。フランスではあまり信頼されないGoogle mapが更新されるかどうかはわからないが、そもそも霧だと言うのに撮影し直さなかったあたりにからしてあまり多くは期待できないだろう。折角の西の果てである。暇ならちょっと立ち寄ってみても良い。
 ひとつ書き忘れた。ラ岬は、フィニステール県にある。例えフランス語を知らなくてもヨーロッパの言語に親しい人なら容易に想像つくはずである。Finistère、つまり、finis(終わり)+tere(土地)で地の果てである。

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