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他人の手

少しこそばったい風を感じに海辺の城塞の街を散歩しに行くことはおろか、
窓を開け放つこともあまりなくなった晩秋の午後、
時間に追われるようにキーボードを叩いている自分よりもずっと速く、
干からびた時がその瞬間を追い越していくような気がして、
冷たさを感じ始めた指先を眺める。
昨日と同じ何ひとつ変わらないくたびれた手が忙しない動きを止める。
他人の手。
自分の指。
確かめる必要のない指先にキーボードの黒い石が規則正しく圧力を与える。

バカンスとクリスマスの間に落ち込んだ街に
ようやく他人事のような静けさが染み込み始め、
夏の終わりに出しゃばりすぎたアコーディオンの音色も、
つぶれたマロニエの実のようにいつの間にか歩道の隙間に沈み込む。
今日もまた騒がしかった夏風の音を懐かしむように窓の外を眺める。
他人の土地。
仮の住処。
締め切った窓ガラスのすぐ向こうにある壁を取り外そうとする。

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